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照射|わたしは黒猫である2 feat. あいみょん|あわいの掌編集7

わたしは黒猫である。クロと云ふ娘猫である。幾月か過ぎしも、わたしのへそ天の午睡は変わらず、主人の勤め人生活にも、大なる変化など訪れぬ。猫生においても人生においても、ドラスティックなる変化など、おいそれと訪れるものにあらず。無論、道義論点なき解散なども、賢しらに論ずるべきもあらず。

僅かに変わりしことと云へば、主人のさすらひ業務なるもの、いくばくか影を潜め、わたしの昼間の安穏、僅かに保たれしことなり。されど、彼の出不精の性質、もとより変わるものではない。牡蠣のやうに性懲りも無く書斎にへばり付き、相変わらず文体模写なる奇怪な遊戯に耽っておる。漱石だの枕だのと、現実からの逃走に精を出しておるが、一向に上達しない。愚昧なる通人よりも、山出しの大野暮の方が、はるかに上等だ。蓋し、主人も模写の如きは止めて、「推し~」など云うて憚らぬ方が、よほど賢明にあらむ。

主人は喉が弱く、常に声は嗄れて、不活溌な徴候をあらわす。そのわりに、まつたく気まぐれにあいみょんなど口遊ぶ。忽ち痰絡み、ごほんごほんと咳き込み、薬用のど飴を舐める。存外短気なるものと見えて、途中で噛んでしまう。そのうへ効かぬと癇癪を起こす。寝入り端にこれをやらるるは、誠にけしからぬ事である。猫族の天命と沽券に関わる。

家内でのわが主人は、井の中の蛙如く尊大なる態度なりしも多かれども、実際の心内はうさぎの如く小さい。「麦わらの帽子の君」なる海賊一味の如き蛮勇も、またひと夏の浪漫も、まことに不得手ときておる。

夕焼けが燃えてこの街ごと飲み込まんとするやうな今日ゆえ、猫になったんだよにゃ、君は。などあいみょん界隈の理屈を以て猫真似しておるは、奇行と云ふに他なし。本人は正しく猫になったつもりなれど、娘猫であるわたしより見れば、ただ少し寂しがり屋なる人間に過ぎない。只それは少し違うのだにゃ。生前、祖母猫様の背筋を正して曰く「娘猫たるもの矜持を忘るべからず」と。猫たるもの、僅かなる矜持を持ち合わせつつ、孤高の高みを愛するものなり。猫なれば猫背であらむ、と。否、猫故に正すときはきっちり襟を正すものであらむ。

然れども、この春立ちぬる陽気に、だんだん背中が丸まってきた。さすれば、主人の膝上でうつらうつらするひと時も、炬燵の温もりにも似て、まあ、極たまにならばあっても困らぬ。

わたしはもとより娘猫なれば、「月が綺麗ですね」など返答に困るが、
──いや、猫なればこそ、いつもフラッと現れて、何気なき毎日をわたし色に染めてあげる(にゃ)。

マウスなる鼠のかたちせし只の文鎮は、未だに嫌ひである。また、名前はありきたりなクロのままで、にゃんどるはやめられぬが、わたしにはクロと云ふ娘猫生活が性に合うておる。欲を云ふても際限なき故、生涯この家の猫で終るつもりだ。

これ即ち、猫天去私の境地たり。さすれば「また、幸せで」あらむ。

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