学究の延長戦|風まかせ文芸部《7月32日》
僕は計画性のない子どもだった。
サトルとワタルは遺伝子も顔も背格好もそっくりなのに、性格だけはどうしてこうも違うの──と、母はよくため息をついた。
自分でもそう思う。
何かに取りかかると別のことにも興味が湧いて、ひとつのことに没入できないのだ。
その最たる例が、夏休みの自由研究である。
計画的に着々とこなすタイプの双子の兄と対照的に、からきし駄目だった。
兄が夏休みの計画表を作る横で、僕は計画表を書くための鉛筆が見つからないうちに夕暮れのヒグラシが鳴きはじめる。宿題にまったく手を付けないまま夏休みの最終日を迎え、始業式を終えた延長戦──通称8月32日からようやく取りかかるのが常だった。
だが、幼少期の感傷に浸っている場合ではない。
月末が期限の論文が完成せず、いま7月31日が過ぎようとしている。この論文は学位認定の審査に直結しているのに、思考だけがピッチの上で空転していた。
蛍光灯がチカチカと小さく点滅、しないんだったな。LEDの人工的な色は、明度が高すぎて目に痛い。白すぎて時間の経過が曖昧になる。結論の落としどころが見つからないうちに、腹の虫が本格的に鳴きはじめた。
兄貴の鋭い眼光が、目に刺したような気がした。
兄貴の無駄のない姿勢を思い出し、丹田にちょっと力を込める。
そもそも大学院への編入そのものが、学究の延長戦みたいなものだ。
国際協力隊員としての異国での経験は、教科書では得られなかった知識だった。乾いた風の中で、戦略通りには決して進まない毎日。乾いた大地の色は、日本の湿った緑とは違う。平らすぎて、右も左もわからない。
その経験が、僕を学業のピッチに舞い戻らせた。
PK戦何ぞには任せられない。本戦で決着が付かないならば、延長戦でキメればいい。
だから、まだあわてるような時間じゃない。──7月32日にがんばればいいさ。
ホイッスルが鳴る前に、抽斗からなこやんの包みを取り出した。口に放り込むと、ふんわりとした甘さとミキの気遣いが広がる。
通信アプリの未読通知だけが溜まっていく。心配するミキからか激怒する教授からか。怖くて確認できない。
試合が終わったら、なこやんの話の続きをしよう。
兄ならすでに、前半で試合を決めているだろう。しかし、立ち止まらない限り、僕の試合は、まだ終わらない。
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