春芽アスパラガスのエッグベネディクトをどうぞ|連作小説⑰
1757字
青天の棒、藪から霹靂、じゃなくて藪から棒、青天の霹靂。
「榎本さんはマンゴー好きですか」
「はい! 完熟マンゴー、冷凍庫に常備してます。なんでですか?」
マーマレードをお供にトーストにのっけたり、ヨーグルトに入れて食べたり。庭に南国フルーツが実っている常夏の国がうらやましい。
「宮崎に行きませんか、私と」
「出張ですね?」
「いえ、次の勤務地です」
あまりにも淡々と、いつもと変わらないトーンなので、言葉の意味が頭に入ってこない。耳には入ったのだが、脳のシナプスがこんがらがって右往左往している。
「ああ、順番まちがえましたね」と七生は企画書をテーブルに置く。
春ディスプレイでは、花歩をリーダー、ありさを副リーダーに指名すると通達された。
「……リ、リーダー? わたしがですか?」
この仕事にやっと慣れてきたところで、チームを率いるなんて考えたこともなかった。
「無理だとかできないとか、ネガティブなことは口にしないほうがいい」
まさに息を吸ったところで先手を打たれた。
「港町店での私の最後の仕事を、きみにまかせたい」
すべるようなプレゼンに圧倒され、口を挟む余地がない。
お客様の立場に立てる。指示待ちではなく、先回りができる。
思いも寄らないアイデアを次々に出し、期待以上の働きで応えられる。真面目なだけがとりえ――程度の自己評価はあやまりだと。
聞いているうちに、心が軽くなり自信がわいてきた。
もしもやり遂げることができたら、安心してもらえるんじゃないか? 今までの感謝の気持ちを込めて、挑戦してみるのもアリかもしれない。
ありさやほかのメンバーたち、心強い仲間がいる。花で彩る春を皆で作り上げる、心の準備はできていた。
「なにかあれば責任は私にある。思うように自由にやってください」
それは彼の口ぐせだった。
古賀七生は、部下を頭ごなしに否定しない。
論理立ててしっかり準備し提案すれば、話を聞いてくれる。信じてまかせるスタンスだから、スタッフは期待に応えようと奮起する。
彼がやってきてから社内の風通しが良くなった。刺客だと煙たがられていたのがウソのよう。
転校生みたいだな、とふと思う。誤解されても嫌われてもかまわない、やるべきことをやるだけ。めどがついたら、請われたべつの職場へ。
二の足を踏むであろう花歩を説得する手段として、年度末で自分がいなくなることを極秘で知らせる。洞察力、先見性にお手上げだった。
「おつかれさま~。アフタヌーンティーの準備、たいへんだったでしょ?」
「まあねえ。夢でもメレンゲ立ててた」
樹上で完熟させた、国産檸檬の生搾りスカッシュで乾杯。
はちみつと炭酸水、たっぷりの果汁。酸味のカドがなくてまろやかだから、ゴクゴクいける。
「桜フェスおつかれさま会」を一青とふたりで。今日は、いちど食べてみたかったエッグベネディクトを調理する。
まずはソースづくりから。
卵黄2、レモン汁、水、塩、こしょうを泡立て器でよく混ぜる。湯煎しながら、乳化してもったりするまでさらにかき混ぜる。湯煎からはずし、溶かしバターをすこしずつ加えまぜまぜ。
ベーコンをじゅーっとこんがり焼き、お酢を入れたお湯で3分、ポーチドエッグをつくる。
ふたつに割ってサクサクに焼き直したイングリッシュマフィンにのせる。つやつやの黄色いソースをたっぷりかけ、パセリをぱらり。
半熟卵にナイフを入れる全世界注目の瞬間。
「わあ。キター!」
とろっとろで、ひとくちの幸福感が形容しがたい。
油を引かずに焼きつけた菜花の旨み。栄養分が逃げないよう、1本まるごと蒸し焼きにしたグリーンアスパラガスの甘み。添え野菜も主役級のおいしさ。
春野菜の苦みはデトックス効果があるという。ビタミンやミネラルも豊富な春のごちそうは、疲れを癒やすのにぴったり。
「うん。とってもおいしい、ありがとう」
疲労がたまっているのか、元気のない一青に料理をふるまう。教えてもらいながらだけど。
「これからは、ひとりでつくれる?」
「分量を覚えたら、なんとか」
もう会わないほうがいいのかな。
ひとりごとのように発せられた彼の言葉。花歩が聞き直そうとしたとき、お店のドアがひらいた。
(つづく)

▽つづき:第18話
▽前回のお話:第16話
▽目次:第1話~

ぜいたくに感じますねえ...( = =) トオイメ
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