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#223_生命の尊さの授業づくりー教育出版5年「希」ー(後半)

授業づくり後半は「発問づくり」
授業の骨子となる発問を中心に考えていく。

道徳の授業づくりの難しさの1つに「価値と生活との乖離」がある。
教科書教材に描かれているのは「道徳的価値」。
ここでの話し合いに終始してしまうと、子どもたちが道徳的価値を自分とのかかわりで考えるのが難しくなってしまう。
自分とのかかわりで考えられないということは、学習内容が子どもたち自身のものにならないということだ。

考えやすくするための「問い方」がある。
教科化以降の道徳では、行為の理由を問う「なぜ」発問が多用されるようになった。
一方で「なぜ~だろう?」と問われても、なかなか答えられない(答えが思い浮かばない)生徒がいる。
なぜ発問は考えるのが難しいのだ。

そこで、問い方を工夫する。

「なぜ」ではない問い方で思考の土台に乗れるようにするのだ。
今回の教材の場合は

光希さんはなぜ、学校に行きたいと言ったのだろうか。

これが主たる発問として教科書に書いてある。
これでは答えられない生徒が必ずいる。
そこで、このように変換する。

光希さんにとって、学校はどのような場所だったのだろう

光希さんがいるクラスといないクラス、命を大切にするのはどちらのクラスだと思うか。
光希さんがいることでクラスの子どもたちの何が変わるのだろう。

なぜと問わずに「なぜ」を問う方法である。

もう一つは「副文型で問う」こと。
単文型では「Aが~したのはなぜだろう」となるところに、前提をつける発問方法だ。

ベッドでの移動や酸素マスクをつけての生活、大変なことがたくさんあるし病気が治るわけではないのに
なぜ、光希さんは学校に行きたいと言ったのだろう。

問い方ひとつで子どもたちの考えやすさは大きく変わる。
子どもの思考を意識した、子どもの思考に寄り添った問いを考えていきたい。

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