#300_道徳の授業づくりGemを100回試して見えてきたこと
2週間ほど前からずっと、道徳科の授業づくりをGemでできないかと試行錯誤を続けている。
理科の自由研究を支援するGemはすぐに形になった。
学習内容をもとに「動物図鑑をつくる」Gemもすぐに動いた。
ところが、道徳の教材研究を支援するGemはなかなかできない。
なぜだろうか。
何時間も調整を重ねるなかで、あることに気づいた。
道徳科の授業は、学習指導要領解説に縛られた途端に、面白さを失ってしまう。
もちろん、参考にしなくてよいという意味ではない。
むしろ、学習指導要領解説を踏まえなければ、道徳科の授業はつくれない。
しかし、踏まえることと縛られることは違う。
これはわたしにとって、大きな発見だった。
指導要領を知識に読み込ませ、それに沿って授業をつくらせようとすると、AIは「正しい授業」を出力しようとする。
けれども、そこで打ち出される言葉は、学習指導要領解説に書かれた言葉を丁寧になぞる授業である。
間違ってはいない。
だが、教材の中にある人間の揺れや矛盾、本質をえぐるような内容は薄れてしまう。
そもそも、道徳の教材研究は踏むべきステップが多い。
ねらいを定める。
子どもの実態を把握する。
教材のあらすじを捉える。
登場人物の心情や変化を読む。
教材に含まれる道徳的な問いを見出す。
ねらいとする内容項目との関係を考える。
子どもの実態と結び付ける。
そして、発問を考える。
これらをプロンプトに落とし込もうとすると、それだけで7段階、8段階の手順となる。
Gemをつくりながら、先生方が「道徳の授業づくりが難しい」「発問が思いつかない」と話している理由が少しわかった気がした。
そこで、指導案までつくるGemはあきらめて、細かいステップに分けることにした。
今回作成したのは、道徳科の教材研究と発問づくりを支援するGemだ。
これ、vol.10となっているが、1つ1つのバージョンの中で十数回の修正を重ねている。
試行回数は100回を優に超えた。
一番難しかったのは、次のステップに進むときの判断基準の設定である。
教材研究は「ここまでやれば完成」はない。
教材の読みは十分か。
授業で考えたい問題は見えているか。
この発問で、本当に子どもの思考が動くのか。
それらを確かめながら、どこで一区切りつけるのかを決める。
最後は授業者の納得によって判断される。
プロンプトを細かく設定しすぎてしまうと、AIがすべての指示文を反映できずに同じ質問を繰り返す。
設定を粗くすると、十分に考えを深めないまま、次の段階に進んでしまう。
細かすぎても動かない。
粗すぎても考えは深まらない。
その間にある、ちょうどよい支援のさじ加減を探し続けた。
Gemづくりを通して、人間の脳のすごさを実感した。
同時に、この判断の一部だけでもAIに反映できたら、道徳科の授業づくりに悩む多くの先生方を支える研究になるのでは、と考えている。
まだ試行段階である。
今回は、教材研究Gemをつくるまでで力尽きてしまった。
しかし、考えてみれば、この教材研究が授業づくりにおいて一番大切なのではとも思う。
指導案を形にするためのAIではなく、教材を深く読み、授業者自身の問いを育てるAI。
そんな支援の在り方を目指しながら、先生方の学びに資する研究を、もう少し続けていきたい。
