#313_教材分析から授業を考える⑥
前回は、発問づくりについて
事実や解釈→言動の理由や因果関係を問う発問の順に問うことを提案した。
今回は「なぜ」の問い方について考える。

Bの問いは、答えが散る可能性が高い。
「くまが優しくしてくれたから」(経験の変化)
「くまに優しくされて嬉しかったから」(経験による感情の変化)
「今までの自分を反省したから」(経験による自己理解)
「くまに憧れたから」(経験による自己像の変化)
「うさぎに悪いことをしたと思ったから」(他者理解)
だけではなく
「くまの真似をしたかったから」(自己満足)
「うさぎには謝っていないから変わっていない」(前提否定)
「くまが怖かったから」(恐怖による他律的な変化)
「強いところを見せたかったから」(自己顕示)
「譲ってもいい気持ちになれそうだと思ったから」(利己的)
などの発言が出てくる可能性がある。
この発言はそのまま問い返しに使えるのだが(それが面白くて、あえて“答えが揺れやすい発問”をする場合もある)、授業での扱いに困る方もいるだろう。
なぜ、このように発言が割れるのだろうか。
それは、
「おおかみはいつ変わったのか?」(そもそも変わっているのか)
という問いと
「おおかみはどのように変わったのか?」
という問いの二つが含まれているからである。

A:おおかみはなぜ、うさぎを抱き上げて橋を渡したのだろう についてみてみよう。
焦点化された発問は、より答えやすくなる。

「なぜ」発問は、何を答えればいいかの守備範囲が広くなりがちである。
どのように問うか、何を明らかにしたいかによって、言葉を精選する必要があるだろう。
次回は、より絞った発言を求めたいときのコツについて述べたいと思う。
