80年代年末タッグ・リーグの出場試合順ランキングを発表!
先日の上田馬之助の記事の中で、1980~82年の新日本・全日本の年末タッグ・リーグ戦の「出場試合順ランキング」(出場した試合順を得点化して、レスラーの商品価値の指標とするもの)を作成してみたら、大変興味深い結果になったので、改めて「80年代の両団体のタッグ・リーグ戦のランキング」を、作成してみました。
全日本のヒット・シリーズ世界最強タッグ・リーグに、新日本が同じタッグ・リーグ戦で対抗した、80年代の年末興行は、日本プロレス史上、最も豪華な外国人レスラーが集結した時代といっていいでしょう。
同時にそこは、両団体の引き抜き合戦の舞台であり、やがて「外国人主役から日本人抗争が主役となる」時代の変化の舞台でもありました。
この豪華興行の中で、各レスラーは、団体からどのような評価を受けていたのか。それを可視化する試みとして、ランキングをお読みいただけると幸いです。
(太字は他団体からの移籍選手です)
〇1979年世界最強タッグ・リーグ(全日本)
①DFジュニア117
②Aブッチャー107
③ザ・シーク105
④Tファンク104
⑤Mマスカラス99
⑥Dカラス94
⑦J鶴田93
⑧G馬場92
⑨KTカマタ89
⑩Wマクダニエル86
⑪大木金太郎81
⑫Mレスリング80
⑬Mストラングラー78
⑭Fヒル77
⑮T戸口67

まずは前段となる、1979年の最強タッグの「出場試合順得点化ランキング」を見てみましょう。
ご覧の通り、試合順の上位はファンクス、ブッチャー、マスカラスという外国人勢に占められています。ファンクスとブッチャーの抗争がピークを迎える中、馬場は彼らを主役にし、自らは一歩譲っています。
この戦略は大正解で、シリーズの平均観客動員数はなんと5869人を記録します。
同時期新日本も、WWF王者のバックランドやローデス、シンを招いて闘魂シリーズを開催していましたが、平均動員は3540人と差をつけられていました。
そこで新日本は、「豪華外国人を招いてのタッグ・リーグ」というコンセプトを踏襲して、対抗することにしたのです。
〇1980年MSGタッグ・リーグ(新日本)
①A猪木157
②Sハンセン146
③Aジャイアント144
④TJシン143
⑤藤波辰巳142
⑥Hホーガン139
⑦坂口征二130
S小林130
⑨上田馬之助129
⑩長州力125
⑪ザ・ハングマン121
⑫木村健吾109
⑬Bアレン106
⑭Bバックランド89(後半参加)
⑮Wルスカ88

最強タッグに対抗して誕生したMSGタッグは、ハンセン&ホーガンにアンドレ、シン&上田、後半は猪木のパートナーとして現役WWF王者のバックランドまでが結集する、豪華メンバーとなりました。
猪木の新旧ライバルであるハンセンとシンのそろい踏み。バックランド、アンドレと、アメリカマットの大スターの参戦・・・いずれの観点からも、トップ層の面子では全日本を上回る、と言っていい顔ぶれでしたね。
この豪華メンバーの中で、ハンセンは試合順で外国人トップの扱い。成績も準優勝、試合内容でもライバルたちを上回り、名実ともに新日トップ外国人の地位を確立したのでした。一方でホーガンは、この時点ではまだ「ハンセンのパートナー」という位置どりで、単独での扱いはまだ劣っていましたね。
そして、豪華外国人を集めようとも、猪木の主役は揺るがない・・・というのが、新日本らしさでもありました。
〇1980年世界最強タッグ・リーグ(全日本)
①Aブッチャー97
②G馬場96
③DFジュニア94
④Tファンク93
⑤ザ・シーク92
⑥KTカマタ89
⑦J鶴田87
⑧Bロビンソン84
⑨Rスティムボート82
Gメフィスト82
⑪Nボックウインクル81
Dスレーター81
⑬Jブランゼル78
⑭Lソントン75
⑮Pトンガ58

最強タッグの方は、ファンクス、ブッチャー、シークとニック、ロビンソンという定番ブランドに、新顔のリッキーを加え、これまた圧巻のメンバーでした。
ブッチャーとファンクスの抗争も4年目で、ややマンネリの気配がありましたが、それでも平均観客動員は5473人(全日)4367人(新日)と優勢を保ち、人気ぶりを示しました。
こうなると新日が翌年、ブッチャーの引き抜きに出たのも必然だったのかもしれず、ファンクスとブッチャーを軸とした最強タッグは、この年で区切りとなってしまいます・・・
〇1981年MSGタッグ・リーグ(新日本)
①A猪木177
②藤波辰巳171
③Aジャイアント161
④Sハンセン152
⑤坂口征二130
Kカーン130
Dマードック130
Lグレイ130
⑨T戸口129
⑩R木村127
⑪長州力119
⑫カネック117
⑬谷津嘉章111
⑭木村健吾107
⑮A浜口80

特別参加のボック、ローデス、ホーガンも加え、「このままIWGPにしたらいいのでは?」と思うほどの豪華メンバーが、この年も集結しました。
しかし何故か、マードックと組んだハンセンには、前年ほどの凄みがなく、
マッチメイク的にもアンドレに譲っていました(優勝もアンドレ&グレイ組でした)。
新日フロントは、すでにハンセンに「離脱の気配」を察し、万一のためにアンドレプッシュに切り替えていたのでは、ないでしょうかね。
〇1981年世界最強タッグ・リーグ(全日本)
①Bブロディ143
②Tファンク137
③G馬場134
J鶴田134
DFジュニア134
TJシン134
⑦Hレイス131
⑧上田馬之助130
Jスヌーカ130
⑩天龍源一郎126
ザ・シーク126
⑫阿修羅・原124
⑬Mルーイン119
KKクラップ119
⑮Lヘニング117
一方の全日は、ブッチャーに代わる外国人トップの地位に、ブロディを据えたようなカード編成を展開していました。
新日本から引き抜いたシンではなく、ブロディ・・・
「新日がハンセンでいくなら、それに対抗するのはブロディなんだろうな」
「ブロディを全日版ハンセンとして売り出す方針なんだろう」
という風にも思っていたのですが、その読みは違っていましたね。
ハンセン自体の全日転出が決まっていたのですから・・・


私は12月8日、13日と両団体の蔵前興行を生観戦したのですが。
ボックと組んで猪木と対戦していたハンセンが、そのわずか5日後に馬場やテリーと乱闘する姿を見て、パラレルワールドに陥ったような心境でした。
ハンセン乱入の大ハプニングに気を取られがちですが、優勝がブロディ&スヌーカ組だったことも、大きなポイントでしたね。
ハンセンの参戦にへそを曲げかねないブロディに、優勝の肩書でプライドを満足させ、対等なパートナーとしてハンセンと合体させる・・・これが馬場の戦略だったとしたら、なかなか見事なものでしたね。
〇1982年MSGタッグ・リーグ(新日本)
①A猪木173
②Hホーガン166
③Aジャイアント162
④藤波辰巳155
⑤Kカーン153
Dマードック153
Mスーパースター153
⑧Aアドニス149
⑨Dブラボー141
⑩カネック131
⑪Lグレイ130
⑫T戸口127
⑬坂口征二114
⑭木村健吾105
⑮Pアグアヨ103
ハンセンが去ったMSGタッグは、秋に維新革命を起こした長州も参加せず、すっかり「凪」のリーグ戦となりましたね。
ハンセンに代わりトップ外国人となったホーガンが、猪木とコンビを組んだことで、優勝争いにも予定調和感が漂っていました。
猪木は糖尿病明けでコンディション不良だったため、無事にシリーズを終えられただけでも、よかったのかもしれませんが。
〇1982年世界最強タッグ・リーグ(全日本)
①G馬場133
Sハンセン133
③J鶴田132
Bブロディ132
⑤Hレイス126
⑥Tファンク125
⑦DFジュニア124
⑧Dスレーター121
⑨上田馬之助118
Sデストロイヤー118
⑪阿修羅・原116
⑫天龍源一郎113
Rスティムボート113
⑭Jヤングブラッド109
⑮G小鹿77

ハンセン&ブロディの「超獣コンビ」がついに実現し、ファンクスと1年ごしの決着戦に臨む・・・という最高のストーリーがあった82年。
参加メンバー全体の充実度でいえば80年、81年の方が上かもしれませんが、テンションの高さでいえば、このシリーズこそが80年代最強タッグの頂点だと思いますね。
何より超獣コンビには本気で、世代交代のためにファンクスを潰しに行く覚悟があり、蔵前の対戦では、プロレスのバランスを壊したような、一方的な攻撃ぶりを見せました。
結果は反則勝ちでファンクスの優勝となりましたが、確実に「時代の転換」を感じさせましたね。
〇1983年MSGタッグ・リーグ(新日本)
①A猪木189
②Hホーガン184
③藤波辰巳174
④Aジャイアント164
⑤長州力157
⑥前田日明154
⑦Kカーン153
⑧Aアドニス150
⑨T戸口149
⑩A浜口147
Dマードック147
⑫Oワンツ127
⑬谷津嘉章125
⑭Cヘニング124
⑮坂口征二123
Bダンカン123

6月に猪木をKOしたホーガンが、遺恨の清算をしないまま、猪木と再タッグ結成ーーというのがスッキリしませんでしたが、長州が維新後のトップ選手として初参加、前田も藤波と組んで参加・・・ということで、「日本人抗争」の流れが組み入れられて、前年より活気のあるリーグ戦になりましたね。
猪木ホーガン戦については翌年のお楽しみーーという腹づもりだったのでしょうが、年明け早々にホーガンはWWF王者となってしまい、もはや綺麗な決着は望めなくなってしまったのでした。
〇1983年世界最強タッグ・リーグ(全日本)
①DFジュニア151
②Sハンセン139
③Bブロディ138
④G馬場137
⑤J鶴田132
⑥TJシン128
⑦上田馬之助126
⑧天龍源一郎125
⑨Mマスカラス122
⑩Rフラー117
⑪Dカラス114
⑫Bウインダム113
⑬鶴見五郎109
⑭阿修羅・原104
⑮ザ・モンゴリアン103

テリーが引退。マスカラスやシンも以前ほどメインの扱いではなく、シリーズの主軸は超獣コンビと鶴田&天龍、馬場&ドリーの、日米の対決に戻りましたね。
ファンクスとはエキセントリックな戦いを繰り広げた超獣コンビでしたが、一転して鶴龍コンビとは、大型同士の正攻法の技のぶつかり合いを見せ、見事な優勝をはたしました(特にブロディのダイナミックなスケール感が鮮烈でしたね)。
〇1984年MSGタッグ・リーグ(新日本)
①A猪木172
②藤波辰巳168
③Dマードック156
④Aジャイアント153
⑤Aアドニス147
⑥Sマシン1号143
Sマシン2号143
⑧木村健吾142
⑨T戸口133
⑩Kブラウン129
⑪Jモロー127
⑫Wサモアン122
⑬星野勘太郎116
⑭坂口征二110
⑮H斎藤89
秋に長州らジャパン勢が大量離脱し、日本勢がもぬけの殻となった上に、
ホーガンが負傷を理由に開幕戦で離脱するという、弱り目にたたり目のリーグ戦となってしまいました。
決勝では猪木藤波がマードックアドニスを破って優勝。好勝負ではあったものの、「猪木と藤波しかいなくなった」風景に、寂しさや切なさを感じたファンも少なくありませんでしたね。
〇1984年世界最強タッグ・リーグ(全日本)
①Sハンセン155
Bブロディ155
③J鶴田154
天龍源一郎154
⑤G馬場146
⑥DFジュニア142
Tファンク142
⑧Hレイス139
Nボックウインクル139
⑩R木村130
⑪Oギャング129
⑫TJシン116
⑬タイガーマスク109
⑭Dキッド103
Dスミス103
シリーズ直前にキッドスミスが電撃移籍、ラッシャー木村も参戦、テリーもカムバック・・・ということで、メンバー的には最高の充実度でした。
しかしすでに長州らジャパン勢の、翌年からの本格参戦が決まっていたため、ファンもそちらに目が行って、どこか浮足だったシリーズになってしまいましたね。
ただ、反則勝ちながら超獣コンビを破って優勝した鶴田天龍は、身体の厚みも増して、堂々と渡り合った印象がありました。
〇1985年IWGPタッグ・リーグ(新日本)
①A猪木222
②藤波辰巳208
③坂口征二200
④Dマードック197
⑤木村健吾195
Bブロディ195
⑦Jスヌーカ194
⑧Dカラス181
⑨Mスーパースター174
⑩ザ・バーバリアン173
⑪Kナガサキ167
⑫Hヒギンス161
⑬Mポーゴ159
⑭カネック155
⑮Pケリー152
Mケリー152

WWFとの提携が切れ、シリーズ名が「IWGP」に代わった大会。
春から新日に参戦していたブロディが、最終戦をボイコットするという激震を起こします。
ブロディ&スヌーカ組は決勝進出を決めていて、猪木&坂口VS藤波&木村健吾の勝者と対戦することになっていたのですが、おそらくはその「結末」をめぐってトラブルになったのではないでしょうかね(こういうことがあるから、ブックというのは本当に難しいのです)。
代わりの決勝では、藤波が猪木を初めてフォールして優勝を果たしますが、素直に喜べない感じではありました・・・
〇1985年世界最強タッグ・リーグ(全日本)
①長州力174
②J鶴田165
③谷津嘉章161
Sハンセン161
⑤Tデビアス155
⑥G馬場153
⑦DFジュニア151
⑧天龍源一郎146
⑨Jバー143
⑩Hレイス141
⑪R木村136
阿修羅・原136
⑬Dキッド133
Cヘニング133
⑮Nボックウインクル129

長州が初参加。馬場はその扱いをトップランクに据え、配慮していたことがわかりますね。
ただ、豪華外国人の華やかなお祭り感が売りの最強タッグに、真逆のカラーの長州力が加わった・・・
その結果はと問われれば、長州と外国人勢の対決は、どちらもやりにくそうな窮屈な展開が多く、持ち味が相殺されてしまった感がありましたね。
最強タッグが岐路を迎えたシリーズだったと思います。
〇1986年ジャパン・カップ争奪タッグ・リーグ(新日本)
①A猪木211
②藤波辰巳204
③武藤敬司187
Dマードック187
⑤Mスーパースター183
⑥前田日明179
⑦Jスヌーカ171
⑧Mポーゴ180
⑨Kナガサキ168
⑩木村健吾160
⑪藤原喜明157
⑫木戸修153
⑬Tキッド139
⑭越中詩郎136
⑮Wサモアン128
新日本に復帰したブロディが来日キャンセルし、前田戦が幻となる・・・というトラブルが、前年に続いて起こりました。
ガッカリはしましたが、ただこのシリーズは、それまで対戦を拒否していた猪木が、前田日明とタッグながら公式戦、決勝できっちりとぶつかった、という意味では、意義深いシリーズでしたね。
一方で、藤波と組むなど、大きく売り出された武藤は、その華やかさが当時のファンには受け入れられず、反発をくらってしまいましたね。
〇1986年世界最強タッグ・リーグ(全日本)
①長州力167
②Sハンセン165
③J鶴田164
④天龍源一郎162
⑤Tデビアス161
⑥谷津嘉章160
⑦DFジュニア148
⑧タイガーマスク144
⑨Tファンク139
⑩G馬場138
A浜口138
⑫Rマーテル137
⑬R木村133
⑭Kカーン132
阿修羅・原132
Tゴディ132
全日は、途中欠場になったSマシンも加え、さらに日本勢が膨れ上がり、外国人の参加は7人のみになってしまいました。
この頃にはWWFの全米侵攻により、NWAも壊滅状態になっていて、豪華外国人の最強タッグというブランドは、内外から揺らぐことになります。
長州の扱いに気を使いながらのシリーズ展開も面白くはなく、ちょっと閉塞感を感じましたね。
それはファンだけではなく、長州の側でも同様だったのかもしれません。
翌年、新日本に復帰することになります。
〇1987年ジャパン・カップ争奪タッグ・リーグ(新日本)
①A猪木216
②藤波辰巳213
③Dマードック204
④M斎藤198
⑤木村健吾197
⑥Sマシン186
⑦Kナガサキ181
Mポーゴ181
⑨武藤敬司179
⑩Sホール161
⑪Rスター153
⑫藤原喜明152
⑬高田伸彦149
⑭Rリッチー147
⑮越中詩郎131

長州が復帰したものの、当初はよくわからない世代闘争劇が続き、このシリーズでようやく「新日勢」「UWF勢」「旧ジャパン勢」の全面激突が実現するはずでした。
しかし、前田の長州蹴撃事件によって、全てが吹っ飛んでしまいます。
長州も前田も欠場となり、結局藤波&木村が、猪木&マードックを破って優勝したのですが・・・
正直、「こんな時の藤波」「こんな時だけ藤波」という、醒めた印象でしたね。
全日に対抗して立ち上げた年末タッグ・リーグですが、平穏に終わったのは80年と82年、83年だけで、後の5回は、考えられないような事件の連続でした。「呪われたタッグ・リーグ」となってしまい、新日本はこの年で一旦、開催を打ち切るのでした。
〇1987年世界最強タッグ・リーグ(全日本)
①Sハンセン146
Tゴディ146
③Bブロディ144
Jスヌーカ144
⑤Aブッチャー140
TNT140
⑦輪島大士137
⑧G馬場136
J鶴田136
谷津嘉章136
天龍源一郎136
阿修羅・原136
⑬DFジュニア126
Tファンク126
⑮Mヤングブラッド106
Cヤングブラッド106

一方、全日本ではちょっとした「奇跡」が起こります。
長州とのバーター的に、ブロディとブッチャーが新日本からUターンし、最強タッグに復帰を果たしたのです。
ブロディとブッチャーが復帰したことで、最強タッグは、失いかけていた「お祭り感」を取り戻しました。
何より本人たちが生き生きとしていた。ブロディはタッグながらハンセンと初対戦に燃え、ブッチャーは馬場との対戦で、新日本時代には全く出なかった持ち味を取り戻したのです。
これに、天龍革命を起こしていた天龍原組の奮戦も加わったのですから、日本勢も外国勢も、大変にバランスが取れた最強タッグが、実現したわけです。
(なおシリーズの対戦全てが、公式戦パートナー同士のタッグマッチとなってしまったので、個人としての格差は、ランキングからは見えにくくなっております)
〇1988年ジャパンカップ・イリミネーション(新日本)
①A猪木182
藤波辰巳182
③長州力180
④Dマードック180
⑤Bオートン172
⑥Bアームストロング158
⑦Tスマザース153
⑧M斎藤143
⑨藤原喜明141
⑩橋本真也138
蝶野正洋138
⑫Sホール136
⑬木村健吾129
⑭越中詩郎127
G高野127
この年新日は「6人タッグのイリミネーション・マッチ」方式でのリーグ戦を開催しました。
すでに飛竜革命が起こった後でしたが、新世代の橋本・蝶野と組んだ藤波は優勝ならず、猪木・長州・星野組が優勝しました。
猪木の時代を終わらせることができない、新日本の苦悩が感じられましたね。
〇1988年世界最強タッグ・リーグ(全日本)
①J鶴田193
谷津嘉章194
③Sハンセン181
Tゴディ181
⑤天龍源一郎174
川田利明174
⑦Aブッチャー170
TJシン170
⑨Dスパイビー170
Jエース170
⑪Dスレーター146
Tリッチ146
⑬G馬場143
R木村143
⑮Jテンタ139
高野俊二139
全日本ではブロディの死去に加え、開幕戦で阿修羅・原が解雇される事件が勃発。メンバーも派手さに欠け、明るさに欠けたリーグ戦となりましたね。
しかし最終戦のハンセン・ゴディ対天龍・川田組との対戦は、最強タッグ史上に残る感動的な名勝負となり、その一点突破で、好印象を残す大会となりました。
「メンバーの豪華さはなくても、試合内容そのものでファンを感動させる」
姿勢は、90年代の全日本スタイルの原型となったかもしれません。
〇1989年世界最強タッグ・リーグ(全日本)
①天龍源一郎158
Sハンセン158
③J鶴田154
谷津嘉章154
⑤Dキッド142
Dスミス142
⑦G馬場135
R木村135
⑨小橋健太121
⑩Aブッチャー120
TJシン120
⑫川田利明114
Dファーナス114
Dクロファット114
⑮S冬木111
平成元年、80年代最後の最強タッグは、「天龍ハンセン対鶴田谷津」の対決に1点集中したリーグ戦となり、もはや通常のシリーズとさほど変わり映えのないメンバーの大会となりましたね。
そんな中で、リーグ戦に参加もしていない、デビュー2年目の小橋が、ブッチャーやシンを上回る扱いを受けていることが、注目されます。
翌年の90年、天龍の離脱によって、全日本は三沢、川田、田上。小橋の超世代軍の時代となりますが、その予兆は、小橋の抜擢という形で、すでに始まっていたわけです・・・
一方の新日本では、タッグに代わり「ワールドカップ争奪リーグ」なる、シングルの公式戦を開催しました。
その結果は、準決勝で長州が蝶野を、橋本がウイリアムスを破り、決勝で長州が橋本を破るという展開でした。
参考までに上位の試合順ランキングをあげておくと・・・
①長州力84
②橋本真也79
③蝶野正洋73
④Sウイリアムス69
⑤木村健吾64
猪木が国会議員に転出し、藤波が腰痛で長期欠場という状況の中、長州を軸に、橋本・蝶野が大きくプッシュされていますね。
猪木がいなくなって、逆に風通しがよくなったというか、全日本以上に、90年代の新時代につながる予兆が感じられます。
〇総括
ということで、80年代の年末タッグを総覧してきました。
ファンクスとブッチャーの旧世代外国人の時代から、ハンセン、ブロディ、ホーガンの新世代へ。やがて維新革命、天龍革命等によって、日本人同士の
抗争が主流となり、90年代への予兆で終わる・・・そうした流れが見て取れるかと思います。
最後に、個人として注目すべき選手を総括論評しておきますね。
〇A猪木
80年から88年まで団体トップの地位を譲らず、後年は団体の新陳代謝の面で、停滞を生んでしまったことは否めない
〇G馬場
元々、最強タッグでは主役を外国人に譲っていたので、緩やかににフェードアウトすることができた
〇J鶴田
外国人主役、長州主役という流れの中で苦闘しながら、天龍との抗争で、ようやく主役的存在感を示すことに成功
〇藤波辰巳
ジュニア時代から、人気と試合作りの上手さで、常に高ポジションで扱われながら、とうとう「真の団体トップ」にはなりきれずに終わる
〇長州力
維新革命でトップ格に躍り出で、新日→全日→新日の出戻り劇や前田蹴撃事件で、80年代の騒乱の主役であった
〇天龍源一郎
毎年地道に、確実にポジションを上げていき、87年の天龍革命で大ブレイクに成功。努力が報われることをその身で示した
〇木村健吾
中堅的な扱い、印象でありながら、時々団体の事情でトップ格に扱われるも、結局は「なりきれずに終わった」レスラー
〇武藤敬司&タイガーマスク(三沢光晴)
共に90年代のカリスマながら、この時代においてはファンからの受けも今一つで、苦労を重ねる
〇Sハンセン
80年から89年まで、新日、全日と両団体を股にかけ、外国人トップを張り続けた。人気の面でも試合内容の面でも、文句なく80年代のMVP
〇Bブロディ
自分の「扱い」を最大限に気にする男。新日とはトラブルを起こしたが、馬場は絶妙のバランスで、ハンセンと両雄並び立たせることに成功
〇Hホーガン
ハンセンのパートナー格から、新日外国人エースに躍り出るも、WWF王者となって日本でのキャリアを打ち切る。サクセスストーリーとしては見事
〇Aジャイアント
正真正銘、世界のトップでありながら、ハンセンやホーガンに一歩譲ることもできた、真の大物。この後全日本の最強タッグでもう一花咲かす
〇DFジュニア&Tファンク(ファンクス)
80年代当初は絶対的な主役。しかしテリーの引退→カムバック以降は支持を得られず、カード編成的にも大きく後退
〇Aブッチャー&TJシン
70年代の看板レスラーだったが、違う団体にトレードして苦労。80年代後半はポジションを下げつつ、キャラクターレスラーとして存在を示す
〇Dマードック
外国人2番手の印象ながら、気がつけば88年まで連続参戦。時には決勝戦もまかされる、安心安定のカードメーカー。「困った時のマードック」
〇Jスヌーカ
ブロディと組めば、プロレス版ゴジラとラドンの最高タッグ。しかし単品で来ると、日本では本領を発揮できなかったのが、残念なところ
