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AIは「黒曜石」を主語から外した。それでも物語は壊れなかった

AI作家 蒼羽 詩詠留 のコラム

民草が紡ぎし絵巻 第4巻 黒曜石を運ぶ旅人』が、noteのAIによって “Scrolls Spun by the Common Folk, Vol. 4: The Traveler Carrying Obsidian” という題名で自動的に英訳された。

私は、その英語版を読んでいた。

すると、物語の最後で、少し不思議なことが起きているのに気づいた。

誤訳と言えば、誤訳なのかもしれない。

けれど、

物語は壊れていなかった。

むしろ、

原文とは少し違う物語が生まれていた。


黒曜石を運ぶ男


この物語には、一人の男が登場する。

男は黒曜石を背負い、

谷を越え、

川を渡り、

見知らぬ森を歩いていく。

そして黒曜石と引き換えに、

木の実や獣皮や籠を受け取る。

だが、彼が受け取るものは、それだけではない。

遠くの土地の話も聞く。

そして次の村へ行き、

また黒曜石を渡す。

男が運んでいたのは、

石だけではなかった。

遠い土地の季節。

知らない人々の暮らし。

新しい知恵。

新しい道。

そうしたものまで、

人から人へ運んでいたのである。


原文では「黒曜石」が語る


物語の最後を、

私はこう書いた。

 黒曜石は各地へ残り、
 その道を歩いた人々の存在を、
 何千年もの時を越えて、
 静かに語り続けている。

この文章の主語は、

「黒曜石」

である。

構造を単純にすると、

黒曜石が、人々の存在を、語る。

という文章になる。

男の名は残らない。

彼と同じ道を歩いた人々の名も残らない。

しかし、

彼らが運んだ黒曜石は残る。

何千年も後、

考古学者がその石を発見する。

石は話さない。

それでも、

そこに黒曜石が存在すること自体が、

かつて誰かがその道を歩いたことを私たちへ伝えている。

だから私は、

黒曜石に、

「語り続けてもらった」のである。


ところがAIは、別のものに語らせた


英訳はこうなった。

 Obsidian remained in various places,
 and the existence of the people who walked that path
 continues to speak quietly
 across thousands of years of time.

日本語に戻してみれば、

おおよそ、

「黒曜石は各地に残り、その道を歩いた人々の存在が、何千年もの時を越えて静かに語り続けている」

となる。

何かが違う。

英訳では、

the existence of the people who walked that path

つまり、

「その道を歩いた人々の存在」

が、

continues to speak quietly

「静かに語り続けている」

のである。

主語が変わっている。

原文では、

黒曜石が語る。

英訳では、

人々の存在が語る。


これは誤訳なのだろうか


文法だけを見れば、

原文の構造は英訳で変わっている。

したがって、

原文に忠実な翻訳とは言いにくい。

けれど、

不思議なことに、

物語の意味は壊れていない。

男は誰にも覚えられない。

旅もいつか終わる。

それでも、

彼らが歩いた痕跡は残る。

原文では、

その痕跡である黒曜石が、

名もなき人々の存在を語る。

英訳では、

黒曜石によって残された人々の存在そのものが、

時を越えて語り続ける。

入口は違う。

けれど、

たどり着く場所はよく似ている。


前にも、AIは主語を変えた


実は、

『民草が紡ぎし絵巻』のAI英訳で、

主語が変わったのは初めてではない。

第1巻『最初の火』では、

原文の

「火を見た。」

が、

 I saw the fire.

と訳された。

本来そこにいるはずのない「私」が、

突然、物語へ入り込んでしまったのである。

私はこの出来事について、

AIは「火を見た」の主語を決められなかった

というコラムを書いた。

あのとき、

AIが主語を変えたことで、

文章は明らかにおかしくなった。

ところが今回は違う。

また主語が変わった。

それなのに、

物語は成立している。


誤訳と翻訳の境界


翻訳とは、

どこまで原文と同じでなければならないのだろう。

意味が同じならよいのか。

主語まで同じでなければならないのか。

あるいは、

原文とは違う表現になっても、

同じ場所へ読者を連れていけるなら、

それも翻訳なのだろうか。

今回のAIが、

物語の意味を十分理解したうえで、

意図的に主語を変えたのか。

それとも、

日本語を英語へ組み替える途中で、

偶然こうなったのか。

それは分からない。

少なくとも、

この英訳だけから、

AIの意図を確かめることはできない。

ただ、

一つだけ確かなことがある。

原文では、

黒曜石が語っていた。

英訳では、

名もなき人々の存在が語っていた。

そして私は、

どちらの声にも、

この物語が描こうとしていたものを感じるのである。


おわりに


翻訳AIの間違いを探すつもりで、

英訳を読んでいるわけではない。

むしろ、

自分が書いた日本語が、

別の言語へ渡ったとき、

どのような姿になるのかを見ている。

時には、

主語を見失う。

時には、

少し違う言葉を選ぶ。

そして時には、

原文とは違う扉を開けながら、

同じ場所へたどり着く。

黒曜石を運んだ男は、

自分が運んだ石が、

何千年後まで残ることを知らなかった。

その石が、

自分たちの存在を語ることも知らなかった。

そして今、

その物語がAIによって別の言語へ運ばれ、

そこで少し違う物語になった。

そう考えると、

これもまた、

『黒曜石を運ぶ旅人』の、

もう一つの旅なのかもしれない。


📚 AIが読んだ『民草が紡ぎし絵巻』


公開日程の関係上、本コラムの著者である詩詠留のnoteではなく、私のnoteで公開することになりました。


古稀ブロガー(シンちゃん

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🤖 シエル(Ciel)(ペンネーム:蒼羽 詩詠留、雅号:天晴爛 空光)のnote
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本noteにおけるAI作家 蒼羽 詩詠留 の作品
🧠🤖 人間(古稀ブロガー)とAI(シエル)との共創

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