立山黒部アルペンルートの旅|弥陀ヶ原のあと、移動の中で戻っていった時間と宇奈月温泉の夜(2014年8月)
バスが動き出してしばらくすると、
子どもが何も言わずに窓にもたれました。
さっきまでの緊張が抜けたのか、視線も外に向けないまま、そのまま目を閉じます。
<前回の記事はこちら▼>
立山黒部アルペンルートの旅|室堂では歩けたのに、弥陀ヶ原で止まった日──標高差500mで変わった子どもの反応(2014年8月)|げじげじくん|旅好きのアラフィフ
自分も同じように座席に体を預けて、気づいたときには意識が途切れていました。
この記事では、弥陀ヶ原を離れたあとの移動と、
宇奈月温泉に着いてからの時間について振り返ります。
止まってしまった時間のあと、
どうやって動きが戻っていったのか、その流れを書いています。
🚌離れることで戻ってくるもの
弥陀ヶ原からのバスは、行きよりも空いていました。
子どもと並んで座り、そのまま会話もなく揺られていました。
虫のいない場所へ離れていく、というだけで、
どこか身体の力が抜けていく感覚がありました。
子どもも同じだったのか、しばらくして静かに眠っていました。
顔の前で手を振っていたときの硬さはなく、
ただ座席に体を預けているだけの状態に戻っていました。
何かを解決したわけではないのに、
環境が変わるだけで、ここまで差が出るのかと思いました。

🚌逆方向にいる側の静けさ
美女平や立山に着くと、これから上へ向かう人たちで賑わっていました。
大きな荷物を持った人や、これからの行程を確認している人たちが、同じ方向を見ています。
その中で、自分たちは逆に降りてきた側でした。
流れに乗っている人たちの横を抜けながら、
少しだけ外れた位置にいるような感覚がありました。
急いで次に向かう必要もなく、ただ移動しているだけの時間でした。

🚌自分で決めた席の向き

富山地方鉄道の特急に乗ると、子どもが先に座席を選びました。
進行方向ではなく、向かい合わせになる配置を選びます。
向かいに座ると、窓の外と同じくらい、目の前の様子も視界に入ります。
ときどき外を見て、またこちらに視線を戻す、その繰り返しでした。
弥陀ヶ原で動けなくなっていた時間が、
そのまま切り替わったわけではないはずですが、
別の流れの中に入ったようにも見えました。
車窓には、山から少しずつ離れていく風景が続いていました。
🚌到着してから動き出す時間
宇奈月温泉に着く頃には、空気も少し柔らかくなっていました。
宿に入り、温泉に浸かると、身体の力が抜けていくのが分かります。
移動の疲れも含めて、一度そこで区切りがついたような感覚でした。
そのあと、卓球台のあるスペースに立ち寄りました。
子どもにとっては初めての卓球でした。
最初はラケットの持ち方もぎこちなく、ボールもなかなか続きません。
それでも、少しずつ往復する回数が増えていきました。
うまくいかない時間も含めて、その場に留まり続けていました。
🚌移動の中で整っていくもの
振り返ると、弥陀ヶ原で止まった時間と、
そのあとの移動、そして宇奈月温泉での時間は、
ひとつながりのようでもあり、はっきりと分かれているようでもありました。
何か特別なことをしたわけではなく、
ただ場所を移して、少し休んで、また動いた。それだけの流れでした。
それでも、子どもの様子は自然と戻っていました。
無理に戻したわけではなく、環境の変化と時間の経過の中で、少しずつ整っていったように見えました。
卓球台の上を転がるボールの音が、一定のリズムで続いていました。
外はもう暗くなっていて、さっきまで通ってきた場所のことを、
はっきりと思い出すことはできませんでした。
ただ、あの移動の時間がなかったら、
ここでラケットを持っている流れにはならなかったのかもしれません。
どこからが回復で、どこからが次の時間だったのか、
その境目は、最後まで分からないままでした。
(つづく)
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立山黒部アルペンルートの旅|窓のない車両を選んだ日、子どもと同じ方向を見て進んだ黒部峡谷(2014年8月)|げじげじくん|旅好きのアラフィフ
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