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立山黒部アルペンルートの旅|室堂では歩けたのに、弥陀ヶ原で止まった日──標高差500mで変わった子どもの反応(2014年8月)

弥陀ヶ原でバスを降りた瞬間、子どもが顔の前で手を振りました。
何かを追い払うような、少し強い動きでした。
そのあと、こちらを見るでもなく、一歩だけ後ろに下がりました。

ついさっきまで、同じ日の中で、
まったく違う歩き方をしていたはずでした。

<前回の記事はこちら▼>
立山黒部アルペンルートの旅|標高2450mの室堂で見えた、子どもに導かれる旅のかたち(2014年8月)|げじげじくん|旅好きのアラフィフ

この記事では、立山黒部アルペンルート2日目、
室堂から弥陀ヶ原へ移動したときに起きた、
子どもの反応の変化を振り返ります。
標高差はそれほど大きくないはずなのに、
体験の質は思っていた以上に変わっていました。


🚌先に歩いていく背中

室堂は陽射しを霧が遮っていて、
昨日とは違う景色を作っていました。
長袖を着ていて、ちょうどいいくらいの気温でした。

虫もほとんど見かけず、
子どもは自然と前を歩き始めました。
みくりが池のまわりを、自分のペースで進んでいきます。

登山客や観光客が行き交う中でも、
立ち止まってはまた動き、
振り返ってこちらの位置を確かめるようなこともありませんでした。

任せていても大丈夫だと感じる場面が、いくつか続いていました。


🚌500メートルくらいなら変わらない、という前提


弥陀ヶ原へはバスで移動しました。
標高差は500メートルほどだったと思います。

そのくらいなら、環境は多少変わっても、
大きくは違わないだろうと考えていました。
室堂での様子を見ていたこともあって、そのままの延長で動ける気がしていました。

虫が苦手だということは分かっていましたが、
この高さなら大丈夫かもしれない、という曖昧な判断で、
そのまま向かうことにしました。


🚌降りた瞬間に変わる距離感


バスを降りると、空気が少し重く感じられました。
じっとしていると、じわっと汗がにじむような温度です。

そして、視界の中に動くものが増えました。
トンボや小さな虫が、同じ高さで飛び交っています。

子どもはすぐに反応しました。
顔の前に来た虫を避けるように手を振り、そのまま後ろへ下がります。

さっきまで前を歩いていたのと同じ人とは思えないくらい、
動きが止まりました。


🚌抱っこでしか進めなくなった時間


「大丈夫だよ」と声をかけても、
視線は虫の動きに向いたままで、
足は前に出ませんでした。

結局、そのまま抱き上げて移動することにしました。
腕の中で体はこわばっていて、
周囲の動きに合わせて少しずつ力が入ります。

ホテルの入口まで連れていくと、
ようやく落ち着いた様子になり、
その場でしばらく動かずにいました。

本当はもう少し歩くつもりでいた時間は、
そのまま使われずに残りました。


🚌同じ日の中で起きた、別の体験


室堂で見ていた姿と、弥陀ヶ原での反応は、
連続しているはずなのに、うまくつながりませんでした。

環境が変われば反応も変わる、
というのは分かっていたつもりでしたが、
その変化の大きさまでは想定していませんでした。

「このくらいなら大丈夫だろう」という感覚は、
室堂の快適さに引っ張られていたのかもしれません。


🚌その場で考え直すしかなかったこと


結果として、
弥陀ヶ原ではほとんど動かずに時間を過ごすことになりました。

どこまで行くか、何を見るかという予定は、
その場ではあまり意味を持ちませんでした。
それよりも、どうすればこの状態で無理なく過ごせるかを、
その都度考えるしかありませんでした。

少し前の自分の判断を、その場で上書きしていくような時間でした。


帰りのことを考えながら、
ホテルの入口付近でしばらく立っていました。
外では虫が同じように飛び続けていて、その動きだけが一定でした。

室堂で見ていた景色とは違うはずなのに、
同じ日の中で起きていた出来事として、
どちらも切り離せないまま残っています。

あのときの判断が正しかったのかどうかは、
いまでもはっきりしません。
ただ、標高の数字だけでは測れないものがある、
という感覚だけは、そのまま残りました。

(つづく)

<次の記事はこちら▼>
立山黒部アルペンルートの旅|弥陀ヶ原のあと、移動の中で戻っていった時間と宇奈月温泉の夜(2014年8月)|げじげじくん|旅好きのアラフィフ


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