廃線ニュースを見た朝に思い出した、留萌本線の曇る窓と子どもの変化
4月1日の朝、PCの画面に流れてきた見出しを、
マウスで一度止めました。
留萌本線の廃線に関するニュースでした。
内容は知っていたはずなのに、日付として突きつけられると、
少しだけ現実の輪郭がはっきりします。
そのまま画面を閉じたあと、
去年の冬に乗ったときのことを思い出していました。
あのときも、同じ路線の上にいたはずなのに、
今とは少し違う時間の流れ方をしていた気がします。
この記事では、2025年12月に旭川から石狩沼田まで往復したときのことを、いまの感覚から振り返っています。
🚉「最後かもしれない」と伝えたときの間
宗谷岬から戻った翌日、旭川の朝は変わらず冷えていました。
そのまま深川へ向かい、留萌本線に乗るつもりで動いていました。
子どもはあまり乗り気ではありませんでした。
「別にいいかな」と、視線もこちらに向けないまま言います。
少しだけ間を置いて、
「たぶんこれが最初で最後になると思う」
とだけ伝えました。
説得というよりも、置いていくような言い方だった気がします。
自分の中では、行かない選択のほうがあとに残ると分かっていました。
ただ、それをそのまま子どもに預けていいのかは、
最後まではっきりしませんでした。
🚉窓を拭くたびに戻ってくる外の温度
深川から乗り換えた車内は、思っていたよりも人がいました。
20人ほどでしょうか。
同じような理由で来ている気配はあるのに、
それを確かめるような動きは誰もしません。
外は曇っていて、小さな雪が流れていました。
車内は暖かく、座っていると寒さを忘れそうになります。
ただ、窓はすぐに白く曇ります。
手のひらで拭うと、一瞬だけ景色が輪郭を取り戻す。
そのあと、またゆっくり曇っていく。
その繰り返しの中で、指先にだけ外の冷たさが残りました。
車内にいながら、完全には切り離されていない感覚でした。

🚉同じ方向を見ている人たちの静けさ
カメラを構える人、車内を見渡す人、
それぞれが自分のやり方でこの時間を使っていました。
会話は少なく、でも重苦しさはありません。
誰かと共有しているというより、
それぞれが同じ場所に偶然重なっているだけのような距離感でした。
騒がしさもなく、かといって無音でもない。
その中間の温度が、この路線に合っているようにも感じました。
🚉いつの間にか立ち上がっていた
最初はほとんど外を見ていなかった子どもが、
気づくと少し前のめりになって窓からの景色を眺めていました。
雪に覆われた畑や、ぽつぽつと現れる家を、言葉にせず追っています。
何が特別というわけでもない景色に、時間を使っているようでした。
石狩沼田駅に着いたとき、
子どもはそのまま売店のほうへ歩いていきました。
こちらが何か言う前に、記念のグッズを手に取っていました。
来る前とは違う動き方でした。
どこで変わったのかは分かりません。
ただ、こちらが用意した理由とは別のところで、
何かを見つけていたように見えました。

🚉少し早い時期に乗ったということ
廃線が近づけば、
もっと人が増えるだろうとは思っていました。
それもあって、年末のこの時期を選びました。
結果として、車内には同じ目的の人がいながらも、
詰め込まれるような感じはありませんでした。
座って、窓を拭いて、また外を見る。
その余白が残っていました。
もし時期をずらしていたら、
この静けさはなかったかもしれません。
どのタイミングで行くかも、体験の一部だったように思えます。
🚉ニュースを見たあとに残るもの
3月31日のニュースに戻ると、
そこには日付と事実だけが並んでいました。
その中に、曇った窓や、指先の冷たさは含まれていません。
あのとき乗っていなかったら、
どう感じていたのかは分かりません。
ただ、いま頭の中に残っているのは、情報ではなく、
触れたものの感触のほうでした。
画面を閉じたあと、少しだけ時間が空きました。
何かを考えようとしていたわけではないのに、
次の動作に移るまでに間がありました。
あのときと同じように、
外の空気に触れることはもうできませんが、
窓を拭いたときの手の動きだけは、いまもそのまま思い出せます。
<当時の記事はこちら▼>
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