赤信号で止まれたとき、少しだけ旅の終わりを感じた|大型連休の富山訪問記(2026年5月)
海の駅蜃気楼を出発して、国道8号線を糸魚川方面へ走ります。
<前回の記事はこちら▼>
蜃気楼は見えなかったけれど、待っていた時間は残っていた|大型連休の富山訪問記(2026年5月)|げじげじくん|旅好きのアラフィフ
魚津周辺では内陸側を通っていた道が、少しずつ海へ近づいていきました。
窓の向こうに海が見え始めると、子どもが「あ、海沿いになった」と小さく声を上げます。
今回の旅は、海へ向かって、また海のそばを走る時間が多かった気がします。
この記事では、親不知の海沿いを走りながら、旅の終わりについて少し考えていた時間を書きます。
🚙「走ってみたかった道」へ向かう
魚津から先、高速道路へ入る選択肢もありました。
でも、この日はそのまま国道8号線を進むことにします。
理由は単純で、「親不知を走ってみたかった」からでした。
地図で見るだけでも分かる、海と山に挟まれた細い道。
実際に走ると、景色は想像以上に迫ってきます。
海側にはすぐ波打ち際。
反対側には山肌。
その間を、道路と鉄道が無理やり通っているようでした。
あいの風とやま鉄道が並走し始めると、「ここ、本当に隙間みたいだね」と妻がつぶやきます。
たしかに、地形そのものに押し込まれている感じがありました。
🚙運転だけで、頭の中が埋まっていく
親不知へ近づくにつれて、道の空気が変わります。
トンネル。
急カーブ。
またトンネル。
信号はほとんどありません。
アクセルを踏み、速度を調整し、ハンドルを切り続ける。
景色は海沿いで開けているのに、運転している側には余裕がありませんでした。
長時間運転の疲れも残っていたのか、身体がずっと集中状態に張りついている感じがあります。
「運転している」というより、「道に合わせ続けている」感覚に近かったかもしれません。
それでも、不思議と嫌ではありませんでした。
この道を走っていること自体が、旅の一部になっていた気がします。
🚙赤信号で、ようやく身体が止まる
しばらく走り続けたあと、親不知インター近くの交差点へ差しかかります。
そこで久しぶりに赤信号に捕まりました。
ブレーキを踏んで止まった瞬間、身体の力が一気に抜けます。
「ああ、止まれた」
そんな感覚でした。
ずっと運転し続けていると、停止すること自体が少し安心になる瞬間があります。
信号待ちの間、海のほうを見ると、午後の光が少し柔らかくなっていました。
このまま高速へ入って帰るか。
それとも、もう少し下道を走るか。
赤信号の間だけ、そのことをぼんやり考えていました。
🚙まだ旅を終えたくない気持ち
道の駅親不知ピアパークへ入り、海岸へ下ります。
波の音だけが近くで続いていました。
子どもは海沿いを自由に歩いています。
私も海を眺めながら歩きますが、どこか「まだ帰りたくない」という感覚が残っていました。
旅の終わりが近づくと、少しずつ現実へ戻る準備が始まります。
高速道路へ入れば、あとは一気に日常側へ引き戻される感じがありました。
だから、この海岸にいた時間は、その境目に立っている感じだったのかもしれません。



🚙海風の中で眠る
クルマへ戻り、少し仮眠を取ることにしました。
窓を少し開けると、海から涼しい風が入ってきます。
運転中ずっと張っていた感覚が、ようやくほどけていきました。
外では波の音が続いています。
その音を聞きながら目を閉じると、自然に眠気へ落ちていきました。
「休もう」というより、「止まらないと戻れない」感覚に近かった気がします。
🚙帰り道にも、余白が必要だった
今回の旅では、移動そのものがかなり大きな割合を占めていました。
夜通し走り、海沿いを運転し、列車へ乗り換えて、またクルマへ戻る。
景色を見る旅でもありましたが、同時に、「どう移動するか」の旅でもあった気がします。
特に親不知を走った時間は、地形を身体で感じるような感覚が残りました。
効率だけを考えれば、高速道路を選んでいたと思います。
でも、この日は「走ること」を優先していました。
そして、そのあと海風の中で眠った時間も含めて、ようやく旅を終える準備ができた気がします。
家族それぞれ、旅の終わり方は少し違っていたのかもしれません。
子どもはまだ海沿いを歩きたそうでしたし、私は止まっていたかった。
そんな小さなズレも含めて、この旅の最後の景色になっていました。

(つづく)
<次の記事はこちら▼>
関越トンネルを抜けた頃、旅の空気が少し変わった|大型連休の富山訪問記(2026年5月)|げじげじくん|旅好きのアラフィフ
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