螺旋の記憶──Reincarnation:第1章【SFファンタジー】
はじめに
最初に音楽があった
新作のページを開いてくださり、ありがとうございます。
この作品には最初に音楽がありました。
sunoAIでの曲作りをマスターしたくて、試行錯誤している時に偶然生成された曲。
歌詞のないインストゥルメンタル。
その曲を聴いた瞬間──
物語が、タイトルが、サブタイトルが、天から降って来ました。
大袈裟ではなく本当に……そんな事ってあるんですね。
一瞬、驚いて固まってから、大急ぎでメモを取り執筆の準備に入りました。
その曲というのがこちらです。
お時間がある時にでも聴いてみてください。
皆様はどんな世界観をお感じになるでしょうか?
物語は見えましたか?
プロローグ
加納家に長男・冬馬が誕生して以来、静かだった夫婦の暮らしは一変した。
「冬馬、待ちなさい!」
バスタオルを広げた父親・慎吾の横を、3歳の小さな体がきゃっきゃと笑いながらすり抜けていく。
冬馬は入浴前まで居たリビングに駆け戻り、まだ乾かない体でお絵描き用のノートの前にしゃがみ込んだ。
クレヨンを握りしめ、夢中になって線を引く。
「ああ、床がびしょびしょだ……」
慎吾は苦笑しながら近づき、後ろからバスタオルで小さな体をそっと包み込んだ。
冬馬の左肩甲骨あたりに、生まれつきある小さな赤い痣が目に入る。
成長しても消えない痣だと医師から聞いていたが、慎吾も妻の貴子もさほど気にしていなかった。
「冬馬、なにを描いてるんだ?」
頭をゴシゴシと拭いてやりながら尋ねると、冬馬は得意げに顔を上げた。
「パパみて! ぎしき! いけにえ……このこ、いけにえ」
「……いけにえ?」
3歳児の言葉はまだたどたどしい。
それでも聞き違いとは思えない言葉に、慎吾は動きを止めた。
「ぼくは、どくのやじりで、さされた。
いたいよ……
このこも、しんぞうをとられてしんだの。
なまえは……アトラ……アトラトナ」
そして、背中の痣に自分の小さな手で触れようとしながら、冬馬は真剣な顔で言った。
「これ、きず。クアウトリ、ころされたときのきず」
慎吾は息を飲んだ。
大学で考古学を教える准教授として、彼はすぐにその単語の意味に気づいた。
アステカ文明──中央アメリカの古い帝国が生贄の儀式を行っていた時代の話をこの子はしている。
「冬馬……そんな話、誰に聞いたんだ?」
冬馬は首を傾げ、ぽつりと続けた。
「んーとね、ぼく、しんだあと……また、うまれたの。
いっぱい、いっぱい……センソウにもいった。カタナもって、たたかったよ。ジュウのときも、あった」
その時、バスローブ姿の妻・貴子が浴室から出てきた。
「貴子……ちょっと来てくれ。冬馬が、また変なことを……」
慎吾の声がわずかに震えていた。
貴子はドライヤーを手に近づき、冬馬の濡れた髪を優しく手櫛でとかしながら微笑んだ。
「冬馬、ママのお腹に入る前のこと、覚えてるの?」
「うん。いっぱいしんで……それから、ママのおなかにはいったの」
夫婦の間に一瞬、重い沈黙が落ちた。
前世の記憶を持って生まれてくる子どもが、世の中には稀にいるという話を、慎吾夫妻は以前どこかで読んだことがあった。
まさか、自分たちの息子がそうだとは。
それだけでも驚きなのに、冬馬の持つ前世の記憶は一つや二つではなかった。
冬馬がそれらの記憶をクレヨンで描き、つたない言葉で両親に話すのは、このあと半年ほど続いたが、水疱瘡に罹ったのを境に忘れてしまったようで、何も話さなくなった。
慎吾は当時の冬馬が語った内容を日記に克明に記録している。
今にして思えば
螺旋は、この時から既に始まっていたのかも知れない──
第1章 既視感
夏休みに入って一週間が過ぎたある日、加納冬馬は高校二年の同じクラスの友人たちと市営プールに来ていた。
空は抜けるように青く、コンクリートの照り返しが肌を刺す。
プールサイドの喧騒が遠く聞こえる中、冬馬はベンチに腰を下ろし、ぼんやりと水面を眺めていた。
水泳は苦手だ。
美術室で静かにスケッチをしている方が性に合っている。
それでも友人に誘われると、断りきれずに来てしまうのが彼の性分だった。
「冬馬、そろそろ来いよ! ずっと座ってんじゃねーよ」
友人たちが水の中から顔を出し、笑いながら手を振る。
冬馬は億劫に思いながら、小さく頷き立ち上がった。
Tシャツを脱ぐと、左の肩甲骨あたりにある小さな赤い痣が陽光にさらされる。
生まれつきのものだ。
別に気にはしていない。
小さい頃、母親に「羽の跡みたい」と言われた記憶が、ぼんやりと蘇る。
プールに入り、浅いところで軽く泳いでいると、突然──
「きゃっ、ごめん!」
勢いよく水しぶきが上がった。
誰かがクロールで勢いよくターンしたらしい。
冬馬は目を瞬き、水を拭いながらそちらを見た。
「大丈夫? 急に飛び出してきて……あ、加納くん?」
慌てた様子でゴーグルを外し、大きな目でこちらを見ているのは、姫野夏美だった。
同級生。女子水泳部のエース。
明るくて、誰とでもすぐに打ち解ける、クラスでも目立つ存在だ。
冬馬は密かに、ずっと彼女のことを気にしていた。
でも話したことなど、ほとんどない。
「……うん、大丈夫」
冬馬は小さく答え、視線を逸らした。
夏美は笑って水を掻きながら近づいてくる。
「珍しいね、加納くんがプールに来るなんて。
美術部の人って、夏休みも描いてるイメージだったけど」
「友だちに誘われて……」
会話が続かない。冬馬はいつもこうだ。
初対面やそれに近い相手──特に女子とは、どうしても言葉が硬くなる。
夏美は気にする様子もなく、冬馬の背中に目を留めた。
「ねえ、それ……痣?」
夏美の指が、冬馬の左肩甲骨に触れた。
その瞬間──世界が、歪んだ。
夏美の指先の感触が、妙に懐かしい。
今まで触られたことなどなかったはずなのに。
既視感……?
そして、頭の中に、別の光景が重なった。
──白い病室。
車椅子に座った夏美が、弱々しく微笑んでいる。
同じように背中に指を這わせて、こう言う。
「片翼の堕天使みたい……でも、綺麗だよ」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
息が苦しい。「初めて」のはずのこの瞬間が、なぜか「最後」のように感じる。
夏の強い陽射しが、急に冷たくなる。
「小さい羽みたいな形だね。君はひょっとして堕天使?」
夏美がからかうように笑った。
その笑顔が、先ほど見た既視感の、儚い微笑みと重なる。
冬馬は思わず後ずさり、水の中でよろけた。
「……どうしたの? 顔色悪いよ?」
「なんでも……ない」
声が震えていた。
夏美は心配そうに眉を寄せたが、すぐにいつもの明るい表情に戻った。
「まあ、いいや。また学校でね! 加納くん、意外と泳げるじゃん」
彼女は軽く手を振って、仲間の方へ泳いでいった。
水しぶきが、きらきらと光る。
冬馬はプールの端に掴まり、荒くなった息を整えた。
心臓が、激しく鳴っている。
(なんで……あんな光景が?)
(姫野さん……僕に触れて……笑っていた……)
なぜか胸の奥に切ない「喪失感」が残っていた。
まるで、今日の日のことを、ずっと前から知っていたような。
そして、ずっと前から、失っていたような。
プールの喧騒が、遠く感じる。
冬馬は自分の背中にそっと手を当てた。
小さな痣が、微かに熱を持っている気がした。
帰り道。
自転車を押して歩きながら、友人のひとりがぽつりと言った。
「あの噂、本当だったんだな……」
それを聞いて、また別の誰かが声を落とす。
「姫野さんと佐々木先輩のことか? 一緒に来てたもんな。やっぱり付き合ってるんだろ」
サッカー部のエース、三年生の佐々木隼人。
顔も頭も良い、女子人気No.1の先輩だ。
彼と姫野夏美が付き合っているという噂は一学期の初め頃からあった。
「冬馬、気をつけろ。お前、姫野さんと親しそうに話してただろ? 佐々木先輩がお前のこと睨んでたぞ」
「いや、別に親しくは話してないけど……マジ?」
冬馬は苦笑いした。
「俺に太刀打ちできるわけが無い。それぐらい先輩だって分かってるはずだよ」
「まあな。……佐々木先輩が相手じゃ、ここにいる全員、誰も勝てない」
つまりは、この場にいる全員、姫野夏美の事が少なからず気になっていて、告白する前から見事に全員が振られた日だった。
と、その時──
後ろから猛スピードで向かって来た自転車が、冬馬たちを追い抜くなり急停止した。
姫野夏美だった。
「あ、偶然! 帰る方向こっちなの? また会ったね、堕天使くん」
笑いながらそれだけ言うと、彼女は黒髪を風に靡かせながら、自転車を立ち漕ぎして、颯爽と走り去って行った。
真っ白なブラウスが陽光に輝きながら遠ざかってゆく。
友人らが一瞬、ぽかんとした。
「" 堕天使くん " って何だ……?」
その時、冬馬は彼女の指の感触を思い出していた。
「冬馬、お前まさか、俺たちに隠れて抜けがけしてないよな?!」
疑われた。
「してない、してない」
冬馬はなんだか可笑しくなって、笑いながら自転車を漕いで逃げた。
「あ、待てコラ!」
「姫野さんと、なに話したんだ? 聞かせろよ!」
友人らが追いかけて来る。
この夏は、まだ始まったばかりだった。
冬馬は、ぼんやりと予感していた。
──彼女との遭遇は、ただの偶然などではないと。
何かが確実に動き出していた──
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