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(18禁)太陽に焼かれて殺されたダニの香りの芳香剤を売れ 第60話 白い季節

「こっち来れば」

浅荷が唐突に言った。俺の隣で芝生に片膝を立てている。その姿勢のままポンポンと自分の膝を叩いた。

「え、……膝?」

「ほかにどこがある」

「いや、急に……」

「いいから。早く。重いなら重いって言うし」

俺は多少戸惑いながらも浅荷の膝の上に横たわった。頭の位置を探るように慎重に。腿は思ったよりしっかりしていて、少し温かかった。

「……重くない?」

「まあまあ。普通じゃないの」

浅荷の指が俺の額の近くをふわりと通った。触れるか触れないかのわざとらしくない曖昧な距離感で。
俺はそのまま空を見上げた。光の加減が変わっていた。雲が流れている。

「変な感じ」

「なにが?」

「自分の頭が誰かの膝にあるってこと。変に安心するというか……人ってこんなもので満たされていいんだなって」

「こんなもの」

「違うよ。こんなっていうのは……人が二人いさえすれば、そしてこういくつかの接近ポイントが許されたりするだけでってことで」

「接近ポイント」

ふたりとも少し笑った。芝生の上、風の音と冗談の呼吸。

それから少しして浅荷が言った。

「ねえ、今度はあたしにもやらせて」

「……交代ってこと?」

「うん。頭かして」

浅荷はもうすでに横になる準備をしていた。俺が半身を起こすと、浅荷は自然な動きで俺の膝の上に頭をのせてきた。

なんというか、その動きには一切の遠慮がなかった。重さや間合いを量らず、ただ「ここにいる」という、まるで正解のような配置だった。

「……どう?」

「悪くない」

「軽いね」

「じゃあ重くなるけど、いい?」

俺が返事をする前に、彼女はそのまま上体を軽く持ち上げ、俺の身体にふわりと覆いかぶさってきた。

本当に、ふわりとだった。
倒れかかるのではなく、のしかかるのでもない。
ただ「近づくこと」にすべての意図を込めたみたいな、音もなく触れてくる動きだった。

「目、逸らさないんだ」

浅荷が言った。
俺は、すぐ目の前にあるその顔を見ていた。肩越しの空がすっかり白くかすれていた。
その顔には挑発も冗談もない。
ただこの距離を、今はほかに誰にも許していないのだという意志だけがあった。

浅荷は微かに笑った。笑いが俺の胸にまで振動して届いた。
でもそれは、くすぐったいというよりも、胸の奥に火を灯されるような感じだった。

「……息が当たってるね」

「やめたほうがいい?」

「やめないで」

そのまま、ふたりとも動かなかった。

でも目はずっと合ったまま。声もなく、ただ静けさが体温になって、空間を埋めていた。

それが何秒だったのか、何分だったのかもわからなかった。
けど確かに“今だけのこと”ではないと、どこかで思っていた。
これは「積もっていくもの」の最初のひと粒だ。

「……じゃあさ」

浅荷が言った。覆いかぶさるような姿勢のまま、ふと首をすこしだけ傾ける。髪が俺の頬に触れた。毛先が軽く揺れる。

「このまま、動かないでいてもいい?」

「うん」

俺の声は想像よりずっと低くて、熱を含んでいた。浅荷の肌に、それが直接触れたんじゃないかと思うくらい、近かった。

「重くない?」

「さっきも言ったけど別に……むしろ安心する」

「安心?」

「うん。たぶん……傾かれてるって、信じられてる気がするからかも」

浅荷は何も言わなかった。でも呼吸の間合いが少しだけ長くなった。交感神経と副交感神経の切り替わりなのだろうか。

「……じゃあ、信じてるよ」

ぽつりと、肩のあたりで声が降ってきた。

その声が耳の奥に届いたとき、俺の背筋に小さな熱が走った。
おそらく、この会話のすべてを録音してあとで聞き直したとしても、今の一言の打撃力には勝てないだろう。

浅荷の手が俺の背中にまわった。
軽く、抱きしめるというより、そこにいるということを、背中越しに伝えてくる感じだったように思える。

「ここって……たぶん、今この町で一番静かなとこだね」

「たぶん」

「騒がしくなくて、うるさくもなくて……ちょうど、何も起きなさそうなとこ」

「……でも起きてるよ」

「なにが」

「俺の中では、今が一番、何かが起きてる」

浅荷は少しだけ上体を起こした。けど顔の距離は変わらなかった。
たぶん、余計な動きでこの「深さ」を壊さないようにしてくれてる。

「……家、誰もいないんだっけ」

唐突に、それだけ言った。

俺は一瞬返事を詰まらせたが、これは俺が何かしら試されているわけじゃないと気づいた。
浅荷はただ状況を値踏みしているだけだった。
俺の価値とかではなく。
逃げ道を探すような言い方ではなかった。

「うん。今日も、明日も」

「そっか」

「浅荷の家は?」

「うちは……母ちゃんが夜勤かな?だから帰ってくるのは朝かな」

空気がふたりぶんの熱と傾きで満たされていた。
近くで誰かが見ていたとしても、たぶんここまでは感じ取れない。
ここはもう、「ふたりだけの気圧」で成り立っている。

「……あのさ」

「うん」

「まだ何も起きてないのに、なんで心臓だけ、こんなに忙しいんだろうね」

「それは……たぶん」

「ん?」

「このあと何が起きてもおかしくないってお互い思ってるからじゃない?」


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