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📝【短編小説】あと一度だけ



その人のことは
ずっと前から知っていた

名前も
顔も知っていた

何度か見かけるたび
つい目で追ってしまうくらいには
ずっと前から好きだった

けれど
話したことはなかった

向こうが私を知っているのかも
分からなかった

ある夜
立ち寄った場所で
その人を見つけた

大勢の向こうで
少しだけ横を向いていた

いつもなら
見つけただけで満足して
そのまま帰っていたと思う

でもその日は
いつもより近くに感じた

手を伸ばせば
届くような気がした

ほんの少しだけ
近づいてみようと思った

一度目は
何も起こらなかった

二度目は
少しだけ距離が縮まった

今度こそと思ったときには
また遠くなった

近づけたと思えば
離れていく

届いたと思えば
あと少しのところですり抜ける

その繰り返しだった

初めは
うまくいかないことまで
楽しかった

けれど
何度目かには
笑えなくなっていた

私ではない誰かなら
もっと簡単に
あの人の心に届くのだろう

私には
向いていないのかもしれない

何度も
帰ろうと思った

それでも
離れようとするたび

さっきより少しだけ
近くなった距離が
私を引き止めた

あと一度だけ

そう決めて
もう一度近づいた

うまくいかなかった

今度こそ
あと一度だけ

その言葉を
何度使ったのかは
もう覚えていない

本当に最後にしようと思ったとき

その人は突然
私のほうへ来た

あまりにも急で
心の準備もできていなかった

反射的に両腕を伸ばし
その人を受け止めた

ずっと知っていた顔が
すぐそばにあった

うれしくて
少しだけ笑った

こんなに遠回りしたのに

そばにいるだけで
それまでの全部が
よかったことになるのは

少しずるいと思った

帰り道
その人は私の隣にいた

来たときと同じ道なのに
ずいぶん短く感じた

しばらくして
別の場所で

その人によく似た誰かを
見かけた

名前も
目元も

少し得意そうな顔まで
よく似ていた

けれど
その人は驚くほど近くにいた

少し勇気を出せば
すぐにでも隣へ行けそうだった

あの日のように
何度も迷わなくてもいい

何度も諦めかけなくてもいい

この人となら
もっと簡単に
よく似た幸せへ辿り着けたのかもしれない

そう思ったとき

あの日までに使った
時間や気持ちを
一つずつ数えそうになった

私は
遠回りをしただけなのだろうか

必要のないものまで
差し出して

一人で必死になっていただけなのだろうか

少しだけ
損をしたような気がした

家に帰ると
あの人は窓辺にいた

何も知らない顔で
あの日と変わらないまま
私を待っていた

よく似た誰かなら
もっと簡単に出会えたのかもしれない

けれど

私が何度も手を伸ばしたのは
よく似た誰かではなかった

諦めようとしたことも

あと一度だけを
何度も繰り返したことも

ようやく届いた瞬間も

すべて
この人との間にしかない

私が欲しかったのは
簡単な恋ではない

恋がしたかったわけでもない

遠回りまで含めて

どうしても
この人がよかった…




🎧 この物語から生まれた歌
アンサーソング『君でよかった』






実は、投資アカウントなんです😛
作品ごとにマガジンにまとめているので、よかったら見ていただけるとうれしいです💕






Coming Soon…

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