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【実体験】別居、義母との関係をカウンセラーに相談した件まとめ

割引あり

別居後、しばらく仕事に集中できない期間が続き、心が病む前にカウンセリングを受けてみました。リアルなやり取りを備忘録かわりに置きます。


しかしながら、専門家の話を無防備にさらすのも怖いので「鍵かけ」のような形をとらせてもらいます。m(_ _)m

前提記事↓

別居のきっかけに対するカウンセラーの言葉「人は、過去の選択に正解を求めたくなる。」

カウンセラーの言葉

義母の発言があった日に、適切な対処ができていたら、
もしかしたら家族との関係はもう少し続いていたかもしれないし、
別の形で破綻していたかもしれない。

後悔や「もしも」の思いは自然ですが、過去を変えることはできません。
その代わりに「これからをどう作っていくか」には自由があります。

別居は、「自分が選んだのか」「選ばされてしまったのか」
その境界があいまいだからこそ、心に引っかかっているのかもしれません。

人は、過去の選択に「正解」を求めたくなります。
でも、家を追い出された状況は、あなた一人の責任や選択だけで決まったものではなく、義母や妻との関係性、当時の環境、心身の限界、そうした要素が重なって生まれた結果なんですよね。

カウンセラー「家族の形を失った後悔というより、本当は家族を大事にしたかったという深い願いの裏返し」

私「でも、あの日にちゃんと対処できていたら違う未来だったかも」

なるほど…。
あなたの中では、あの日に適切な対処ができたら、妻や子どもたちとの距離感が違っていたかもしれないし、「やり直そう」という流れにできたかもしれない。その可能性を思うと、「もう一度やり直せたのでは」という気持ちが強く残るのは、とても自然だと思います。

ただ一方で、関係というのは一度壊れかけたあとに再考するには、相手にも同じように「考え直したい」という意思や余白が必要なんですよね。
義母が追い出すほどの状況に至っていたのは、相手側にも相当の不安や怒りがあった証拠です。だから、戻れたとしても「再考の場」になったか、それとも「さらに大きな衝突」になったかは、きっと誰にも断言できない。

つまり、あの日の分岐点は「関係を再考できる可能性」と「関係が決定的に壊れる可能性」の両方を含んでいたと思います。

あなたが今感じているのは、「失った可能性への悔しさ」なんだと思います。それは後悔ではなく、「本当は家族を大事にしたかった」という深い願いの裏返しなんじゃないでしょうか。
その気持ち、いまの人生のどこかで「別の形」で報われてほしいと思うのですが、あなたは「家族」という形にもう一度こだわりたいですか?それとも「新しい関係」で取り戻していきたいですか?

カウンセラー「人は実際に選ばなかった道のほうに、理想や希望を投影してしまうもの」

私「家族の形にこだわりたいけど、もう無理です」

その言葉には、とても深い喪失感と悔しさが滲んでいますね。

あの日戻っていれば、違う可能性が開けていたかもしれない──その思いは、
心がずっと持ち続けてしまう「もしも」のストーリー。人は実際に選ばなかった道のほうに、理想や希望を投影してしまうものです。でも、

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