短編小説:『悲しみの風景』
こんにちは。不屈の屈葬です。
今回は花澤薫さん主催の「タイトルから書く文芸賞(悲しみの風景)」への応募作となります!!
ぜひ、最後までお付き合いください!
(本文2000字)
* * *
特別な風景の絵か写真が欲しい。協力者求む。
少し風変わりな依頼に、ふと、目が留まった。
この村では、昔ながらの掲示板に仕事の依頼を出す風習が残っている。日頃から風景画ばかり描いている私には、もってこいの案件だ。
そもそも私は画家になりたかった。「なりたかった」というのは諦めたわけでなく、「いつかなってやる!」という野心の表れだと思ってくれていい。確かにこれまでに絵の仕事を受けた経歴はない。しかし、いつか絵を生業にするため、日々腕を磨き続け、虎視眈々と機会をうかがってはいた。そしてその機会が今、目の前に貼られている。
――機は熟し、意も決した。
しかし「特別な風景」とは一体何なのか。依頼主に訊かないことには分からないが、この曖昧ともいえる表現が妙に心に引っ掛かってトリガーを引いたため、私はもう、依頼主の家の前まで来てしまっている。いつもなら道中の河川敷で背比べをしている新緑の木々に誘われて風景画を描き始めてしまうところだ。我ながら、本気を感じる。
――コンコン。
玄関の戸を叩くと、芸術家風の男が現れた。自己紹介を済ませて依頼を見た旨を伝えると、中に案内してもらえた。写真や絵がたくさん飾られた廊下を抜けて広い居間のくたびれたソファに落ち着くと、早速本題に入った。
「それで、特別な風景とは何でしょう?」
「実は、私自身よく分からないんだ」
「分からない?」
意外な答えに、つい言葉をかぶせてしまった。
「ええ。廊下を通って来たから目に入ったと思うが、私は写真家でね。これまで風景の写真をごまんと撮ってきたんだ。自分で撮るだけじゃなく、人が撮ったり描いたりした作品を飾るのも好きでね。ただ、最近じゃ年のせいか気持ちが落ち込むことが多くて。どんな作品を見ても、心が動かなくなってしまったんだ……」
よく分からない話でもない気がした。
「では、感動できる風景画を描けばいいですか?」
「それはきっとそうなんだが、どうしたら心が動くか、自分でもよく分からないんだ……」
望むところである。今こそ修行の成果が試されるときだろう。
「承知しました。では私が心震わせるような風景画を描いて来ます!報酬はあなたが満足する作品が描けるまで要りません!心が震えなければ遠慮なく言ってください!描き直します!」
「そんな……申し訳ない」
「いえ、やらせてください!これは、私の画家としての初仕事。画家としてやっていく挑戦でもあるんです!遠慮せず駄目出ししてください!」
「そうまで言うなら……では、お願いします」
私はすぐに仕事に取りかかった。やる気が漲っていたからだろう。きれいな初夏の風景を三日足らずで描き上げ、持参した。
「申し訳ないが、これでは……」
「大丈夫です!描き直します!」
内心自信があったのでショックだったが、もう一度気合を入れ直し、もっときれいな風景画を仕上げて持参した。
「申し訳ない、これも……」
「大丈夫です!次こそ期待してください!」
しかし、何度描いても、依頼主はうんと言わなかった。十回ほど描き直してさすがに折れかかったとき、依頼主が漏らした言葉が私の心を動かした。
「表面しか表現できていない……」
――青天の霹靂。風景画という注文だったので、美しい風景をありのままに描こうとしていた。だが、そこが違ったのかもしれない。もっと心の奥底を曝け出すべきだったのか――。
思い直した私は、自分の中へ深く深く潜ることに、集中するようになった。とうの昔に蓋をしたような暗い部分も、手繰り寄せるように引っ張り出して一つひとつ向き合った。心そのものを描くことに努めたのだ。よくよく思い返せば依頼主も「気持ちが落ち込むことが多くて」とヒントをくれていた。そこに通じる部分を、もっと大事にすべきだったのだ。
――できた。
心の風景画ともいえる作品が完成した。心の奥底で泥をかぶっていたような部分までよく表現できたように思う。
タイトルは、
『悲しみの風景』
とした。
これしかない。人生全てを懸けてもこれ以上はない。そんな確かな手応えがあった。依頼主の家に向かう道も、自然と足早になった。
「惜しい気はする……」
タイトルすら告げる前の駄目出しに、頭が真っ白になった。
渾身の作も、依頼主の心は溶かせなかった。
気がつくと、私はいつもの河川敷に立っていた。
ビ、ビ――――!!
私は『悲しみの風景』を念入りに引き裂き、捨てた。
びりびりに破れた紙片が宙を舞う。
これまでの努力は無駄だった。才能がなかったのだろう。これほどにも深い挫折も悲しみも、初めての味わいだった。
パシャ!
振り返ると、依頼主がカメラを構えていた。
地面に散らばった元私の作品を、フレームに収めたようだ。
「久しぶりに心震える写真が撮れた!」
依頼主は満足気である。
「タイトルは……そうだな、『悲しみの風景』にしよう」
特別な風景の絵か写真が欲しい。協力者求む。
私は思いがけず依頼を達成した。
* * *
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