YouTube椅子取りゲームに勝つ方法!BAN回避の要素は教育的価値そして独自性だ。
いきなりですが質問です。
昨年、大谷選手が40-40を達成した試合って覚えていますか?
また50-50を達成した試合についても覚えていますでしょうか?
このnoteのペルソナさんの頭のなかを覗いてみよう・・・
あれなーめっちゃ凄かった!
まず40-40だけど、まるで漫画の世界だったよな。
9回裏サヨナラ満塁HRで40-40なんて劇的やった!
さらに50-50の時なんて3打席連発!
その試合は6安打3本塁打10打点2盗塁で大暴れで驚異的な集中力だったよな
また達成したのもマーリンズの本拠地だったのもドラマだよな。
あのWBC決勝でトラウトから最後に三振で締めた時グッときたよな
あの大谷選手が感情を大爆発させてグラブを放り投げてた。
そして画面右から別の選手のグラブがヒョイっと出てきて
「おいおい、大谷のグラブが地球一周して戻ってきたぞw」
とネタになってたな。
思い出しただけでまた興奮してきたぜ!
もう一回YouTubeで見よっと・・・
ってなんでこんな時にスキップ不可の15秒広告やねん!!
早く見たいのに
えっ?YouTubeプレミアム契約せえやって?
ちゃうねん。お金の問題やない。
俺の広告視聴が誰かのアドセンス収益の一部になってるやん。
せかやら、俺はみんなを助けてる。
そしてみんなは俺を助けろってことや。
「One for all, all for one」
ヒロアカちゃうで。
そういえばヒロアカ最終期がもう少しで始まるなぁ
楽しみや。
鬼滅もすっげーし やっぱ日本ってスゲーな
こんなペルソナさんの情景を私は想像しております。
日本人が熱狂した昨年、
この文章を書いているまさに今、私自身もあの情景を思い出していました。
これがYouTubeにおいての「教育的価値」だと私は定義しています。
尚、AIに「YouTubeにおいての教育的価値とはなんぞや?」の回答はこちらです。

「YouTubeの勝ち筋はある!それは教育的価値そして独自性を高めることだ」と過去のnoteで言いっぱなしでしたので、今回はこの内容で書きます。
かなり独断と偏見の塊となります。
あくまでも『ちけぞ〜が考える』内容です。
みなさんが言語化されるきっかけになれば幸いです。
過去のnoteはこちらですのでよかったら見てくださいね
ココが一番重要
まずは冒頭の質問の答えですが、ほぼ誰もが「凄かったよね」と思われたのではないでしょうか?
HRを打った試合はもちろんニュースになりますが、あの試合などは今も鮮明に情景まで思い起こしますよね。
長くなりましたが結論です。

知る>>>学ぶ>>>>>>感情が動く←ココが重要!
何気ない朝に起きる衝撃
例えとして朝のニュースでいきます。
時間がない中で時計代わりで毎朝つける。
毎日新しいニュースが流れるが「へぇーそうなんだ」って情報を無意識に取捨選択している。
ほとんど知るだけで、あとは忘れていく情報の波。
まるで朝の通勤ラッシュで配られるポケットティッシュを受け取っても、挟み込まれている本来見て欲しい広告主の新規オープン情報は誰も見向きすらされない。
ただ、この話題ってどういうこと?と手を止めてみてしまう場面がある。
それが「学びたい、深く知りたい、記憶にとどめておきたい内容」だ。
【見せてもらおうか、連邦のモビルスーツの性能とやらを】
と3倍速いらしい人が一定の興味を示す。
それが、知る(取捨選択)→学ぶ(インプット)
そして、さらに感情が動くほどの上位が存在します。
知る(取捨選択)→学ぶ(インプット)→誰かに伝えたい(アウトプット)

・へーそうなんだで知る。
・どういうこと?
興味関心を持ち手を止めて時間を使って学び、深く知ろうとする。
・そして「こんなことがあった!」「これってすごくない!」
人と共有したいと思う内容が一番強いと思う。
それが教育的価値だと私は考えます。
もちろん知識教養が身に付くことが直接的意味だが、そういうものを超越して、人と共有したいほどの圧倒的感情変化が発生した場面だ。
ガルマ国葬の中継を聞いたブライト
「何を言うか! ザビ家の独裁を目論む男が何を言うか!」 と吐き捨てる。
これがYouTubeでライブ配信だったら、何を 言うか、、、とコメントを書き込んでいたに違いない。
そして、職務中に勝手に通信を行なったとの理由で独房謹慎へ
「僕が一番、ホワイトベースをうまく使えるんだ」と言いながら泣き崩れる
それほどまでに感情が動いたってこと。
居酒屋最高!
私が台本を作る際に常に考えているのが、居酒屋やランチで話題にあがるをイメージしています。
めっちゃ聞いてほしいんだけどって自分の気持ちから溢れ出ることまで視聴者を連れて行けるか?
常に自問自答の日々。。。
新鮮な感動!
そして安心して人に勧めれる信頼感がYouTube上の最上級の教育的価値。
また、視聴者が見た動画を拡散したりコメント欄に書き込むほど熱量は強くなる。
ブライトも居酒屋で愚痴ってたかもしれません。
そしてミライさんから「あなたに、アムロより上手にできて?」
と嗜められたかもしれません。
知らんけどー
唯一無二の存在
一方で独自性=オリジナリティも重要だとYouTube公式が明言している。
あなた唯一の動画という意味。
それは、「この動画」「このチャンネル」と視聴者が思えるかどうか
眠れない夜、我ふと思ふ
めっちゃ分かりやすい例を出します。
夜中に寝苦しくて起きてしまったあなたは深夜テレビをつけました。

そんな時間には通常放送は終わってしまい、どのチャンネルも異常なテンションとオーバーリアクションがもはや当たり前になった、テレビショッピングの真っ最中。
あなたは思うはずです。
「どれも一緒だよな」と。
もちろん、それはある意味で安心感。
徹底的にモデリングしろというのは、他と遜色ないレベルまで引き上げるのですから、これはこれで正しい。
ただ、同じテレビショッピングでも「ジャパネットたかた」だったらどうでしょう?
もうお分かりですよね?
圧倒的な独自性で「その他大勢の類似」ではなく、「唯一無二」だということ。
もちろん、ここまで圧倒的に昇華するまでには大きな労力と時間を費やした結果でしょうが。
とにかく、動画内容での唯一無二を作るってこと。
じゃあどうやんの??
そう言うけれども、反応集や切り抜きだとネタ元が重複しまうもの。
それは儚く初見で見切られてしまう、ジェットストリームアタックの如く1つに重なりあって見えてしまうもの。
だがしかし、そのネタ元を深掘って、関連した内容を盛り込んで、独特の「他にはない唯一」を作ることが出来れば独自性が担保される。
どこにでもあり、そして誰にでも作れてしまう動画ではなく「この動画が良い」と支持される理由があることが必須だ。
つまり、独自性とは動画の作り手の存在感を視聴者に与えれた称号。
視聴者が感じる「評価対象」がどこに付くかが最大のポイント。
もちろん完全オリジナルや公式であれば、問答無用で独自性MAX。
ただ私たちが作っている非属人動画に関してはネタ元が「評価対象」である場合がかなり多い。
切り抜きしかり、反応集しかり、雑学系しかり、解説系しかり、2chスレやガルチャンなども。
どれだけ凝った編集を入れても「やっぱ大谷さんスゲー!」などとネタ元に評価が集まることが多い。
それを「この大谷さんを深掘りしているこの動画スゲー!」と評価対象をネタ元ではなく作り手側となれば、独自性が認められた瞬間だ。
引用元:みかんちゃんねる
この動画は現地独自映像で、他では見れない独特の目線ですね。
「よく見るアレね」とはならないですよね。
そして、動画コメントから検証してみました。
やはり視聴者からもしっかりと独自性が評価されていました!

存在感というブランド
独自の解説や映像編集、展開や深掘りを加えることにより、「類似動画」とは異なり「この動画」として存在感を放つ。
「この大谷さんヤバかった」で感想が終わらず、「この動画ってヤバかった」と主語が置き換わるほどの突き抜け感が独自性の頂点だと考えます。
YouTubeが考える教育的価値と独自性の意味

ここまでは視聴者目線での教育的価値と独自性について自分の肌感をお伝えしました。
ただ、YouTubeを運営する上で実は2軸で考えないといけません。
それは視聴者目線とは別にYouTube側にどう評価されているかです。
まるで赤壁の戦いの如く、魏の曹操と対峙しながらも、呉の孫権を懐柔しなければなりません。
どちらを主として戦うかではなく、どちらも考えながらうまくベクトルを合わせなければなりません。
AIという翼
あなたは台本や構成などを考える際にAIを利用されている事が多いでしょう。
もちろんAIを使わずとも作れるので、一律ではないでしょうが。。。
ここで考えてもらいたいことがあります。

YouTube側はさまざまな要因をAI判定によりインプレッションのおすすめ先を伸ばしたり、逆にバタっと止めてしまうことは周知の事実。
(もちろんシャドーBANやインプ制限という不確かな話ではなく)
そのAI技術は私たちが使っているチャットGPTやClaudeなどよりも、遥かに高性能な技術を利用しているのは容易く想像がつく。
例えるならば、関羽が顔良と文醜をかるく一刀で斬り伏せるほどの実力。
特に私たちが通常使えてしまうGemini系なんて、文字起こしする際に音声データだけでなく、テロップや動画内の雰囲気を明確に判断してくれるレベルだ。
ということは即ち、YouTube側はさらに高度なAI判定を音声・映像など全てを引っくるめて、アバウトながらも把握していることだろう。
【見えるぞ!私にも敵が見える!】
そんな赤が好きな人がYouTube側に居ると仮定するとわかりやすい。
ある程度の傾向や、他動画との類似性など判定しているかもしれない。
このことから、特に切り抜き動画が判定アウトになってしまう恐れが高いことが窺い知れるだろう。
他にも、雑学系でも解説などでこのように照合されて判定されていると思った方が自然だが、あくまでもブラックボックスで真相は闇。
むしろ逆かもしれない
AIが利口になったからリライトするのが楽になったと思われがちですが、単純なリライト程度では本質が変わらないので、YouTube側が直ぐに検知してしまう可能性が高まった。
【見えるぞ!私にも敵が見える!】と言われる所以だ。
もちろん莫大な動画数がYouTube上で存在するため、即判定などできないかもしれないし、AIが誤認定してしまうこともあるだろう。
私たちが使っているAIでも、さも当たり前のように嘘をつかれて愕然とする事など日常茶飯事なのだから。
ただ、ここで言いたいのはこういった可能性は大いに考えないといけないと言う事だ。
遠くない将来まで考えて、重複コンテンツなどに判定されないためには、結局は独自性が必要となってくるわけだ。
行き着く先が教育的価値
そして独自性があればいいというわけではなく、YouTube側は「教育的価値」を重視している。
教育的価値がある動画は視聴維持率やクリック率など視聴者のエンゲージメントが高くなるので、そういった複合的指数で判断しているものだと。
だから2軸で考えても「教育的価値」と「独自性」が重要だってことです。
AIに好まれるだけでなく、しっかりと視聴者を惹きつけられているか?
そしてそれが、素材ベースではなく独自性があるかどうかが今後の運営する上での重要項目だと私は強く思います。
そして答えは複雑に考えずにシンプルに。
『これ凄くない?』って居酒屋で言いたくなる動画。
それを目指すべき。
あとがき

今まで大丈夫だったから。。。
それで私は瀕死状態まで行ってしまった。
だから、過去は一旦置いておき未来へ布石を打とう。
いきなり最上の「教育的価値」や「独自性」なんてできやしない。
そんな理想論なんて、、、と吐き捨てたくなる。
でも、やらないよりはやるべきだ!
知ってしまった以上、あの時やっていたらの「あの時」が今だ。
一歩でもいいので理想に向かって踏み出そう。
まだだ まだ終わらんよ!
その気持ちがあれば今からでも大丈夫
