”若くてかわいい”ということと”若い”ということ
若いというのは特に女にとってものすごく大きな価値であることは理解に易い。
ただその女の”若い”に”かわいい”(今回のかわいいは容姿の良さを示す)ことが前提とされているような気がしてわたし納得がいかないのだ。女が”若くてかわいい”のと”単に若い”のでは雲泥の差があるとわかっていただきたい。
まずわかりやすく男と女と分けてみると、
男の”若い”にかっこいいは前提とされていないと感じる。初々しくて経験が浅くてこれからもっとチャレンジしていけるそんな希望のこもった”若い”
女の”若い”はいま一瞬の輝き、人生の最高潮とかそうゆう刹那的な意味で”若い”
こんなところだろうか
もちろん今回の主軸はジェンダー格差ではない。今回訴えたいのは女の中でも2種類いて、一方の女は若さに人生最高潮に価値があり、一方の女は若さにほとんど価値はないということだ。
そしてその違いは残酷なほど単純で”かわいい”か”かわいくないか”ということだ
かわいいということはそれだけでもすごい価値だが、”若くてかわいい”というのは相乗効果を生んで未知数の価値を持つ。この価値はわざわざ言うまでもないだろう。
反対に容姿が普通、普通以下の若い女はただ若いだけで相乗効果はない。男のように希望のこもった若さでもない。
※容姿の基準は人それぞれだが、20年そこらも生きていれば自分がどっちかはわかるだろう(わからないなら客観性磨いた方がいい)
わたしは後者に該当するというとなんだか虚しが、元来ほとんどの女がこれではないだろうか。
ただこの無価値な若さに甘んじたくはないからか多くの女たちは必死に化粧をしてダイエットをしファッションを研究し時には整形にも手を出して”かわいい”女であることに固執する。きっとその方が若さという価値を最大限に発揮できるから無意識かもしれないがここまで頑張れるんだろう。
実際女のかわいくなりたいという精神によってたくさんのビジネスが動いている
私自身女のかわいいに大きな価値を持たせすぎる今社会に強い反発心を持つと共に
これによって動く経済や人間の心理が複雑に絡み合い、きっと完全な改善は難しいんだろうと諦めも感じてしまう。
ただ少なくとも女にとってかわいいことが大正義のこの社会が女の心と身体を蝕んでいることを忘れるべきではない。
こんなことを考えたのはきっと
人生最高潮に若くてかわいい女と飲んだからだろう。嫉妬だな
