村上春樹「風の歌を聴け」を読み返す
今年は処分しようと思い、読み返した
「風の歌を聴け」であるが、既に帯はどこかに行ってしまっているがハードカバーが書棚に残っている。
彼の小説は「ノルウェイの森」まで読んで、そこで終わった。以降は読んでいないが、壁と卵の話は、どこかの雑誌で読んで「いい人なんだな」という印象を持ち、今年の夏は、新作を読んだ。「夏帆」である。
「風の歌を聴け」では、登場キャラには誰も名前がない。主人公は21歳の大学生で東京の大学で生物を専攻している。故郷には友人の「鼠」がいるが、彼は裕福な家庭環境にありながら、親に感謝することもなく、スネちゃった君的振る舞いでいる。これに続く物語の中では、キーパーソンの役回りとなった記憶がある。
故郷から東京へは、夜行バスで戻るが、故郷がどこ?とは書いてない。
メインは、夏休みひと夏のエピソード風になっていて、会話は、とりとめないが、よく練られた、到底、咄嗟に出てくるとは思えない会話が連なり、それが骨格になっている。港町のバーで、ビールを飲み、友人の鼠や女性と音楽や小説家の話が交じる。それが実に、そうきたかという会話になる。この会話をどう感じるかが村上春樹ファンになるかならないかの分水嶺であるように思う。
まだ普通に喫煙習慣があった時代の話である。
気障(キザ)か?
この言葉も死語である。
その一歩手前のギリギリで、よく踏みとどまっているなと感じる。
話は、29歳で結婚して唐突に終わる。
こういう会話から成る小説を書きたかったのだろうと思う。
この時代の小説で本棚に並んでいたのは、片岡義男、村上春樹と田中康夫の三人であった。村上春樹の二冊だけが繰り返された断捨離から逃れて書棚に鎮座している。田中康夫さんは一冊だけで、政治の世界に転向してしまった。
もう一冊「1973年のピンボール」がある。こちらは擦り切れた帯も残っていて、ラストは美しく印象に残っている。
ただただ、無為の時間を消費する役割のピンボールマシンを擬人化していた。
2冊ともビジネス書や教養書等に比較すると、何の役に立つのか分からない内容である。しかし心から離れない。
これら二冊もいずれは私の本棚から消滅する運命である。私がやらなければ、残された家族、或いは家族が委託した業者さんがゴミ袋に入れることになる。
(了)
