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#480[短編]琥珀色の間[4]──境界線の向こう側・II

大翔ひろととBarで知り合った翌日、高校の先輩・ミシマの誘いで夕食を共にした爽子。会話が弾まなかった理由、心の境界線に、ミシマがあることに気がついて……。歌と絵から生まれた小説の第5回。


1話2話番外編・大翔ひろと3話 -I、本稿

※ 連載ですが、どのお話からも読めます。


爽子は昨日、夕飯を済ませてBarに行ったこと、居合わせた見慣れない青年と会話が弾まなかったことを、かいつまんで話した。

「で、どんな印象だったの?」

「うーん……」視線がふっと宙をさまよった。爽子はつづける。

大翔の子どものような顔立ち、真新しいスーツ、きれいめのコート。
時計はピカピカのブランドもの、スマホは最新の大きくてゴツゴツしている感じ。それを、どうミシマに伝えるか、すこしのが必要だった。

「七五三……?」
「ぶっ」ミシマは思わず吹き出した。

「それ、本人にはゼッタイ言っちゃいけないやつ」
「ですよね」と爽子も笑みがこぼれる。
笑いながら、胸の奥がふっと軽くなった。

「……たしかに……」
「そのギャップはちょっと萌えるね」
ミシマは神妙な様子で考え込んでいる。

「ですよね!」
恋とかじゃないけれど、なんか気になるんですよね……。

「こういうの、ご褒美っていうんですかね」

「爽子ちゃん」

「すみません、冗談です……」

ミシマは「それを言うには、まだ早い」と、爽子をたしなめた。

「仕事の話をしてくれたんです。でも、Barで話すには詳し過ぎるかな」

爽子は他愛もない話をしたことを、ミシマに話した。
仕事帰りだったこと、何系の仕事、今何をしているか、休日はどうしているか。家族のこと、好きなもの。彼の実家やご両親と兄弟の話。

「どれくらいいたの?色々、聞けてるじゃん」

ミシマは、地鶏のたたきをつまんでいる。
恍惚の表情で、ほんの少しだけからかってみせた。

「うーん、3時間ちょっとですかね」
爽子は遠くのライトに目線を向け、軽く答えた。

「私、あんまり乗らなかったんですよ。なんだか申し訳なくて」
「それで、違う話をいくつかしたんですけど……」

爽子が相槌を打っても、質問をしても、反応が鈍かったのを気にしていた。

「んー。それだけじゃよくわからないな」

ミシマは、爽子にも食べるよう促した。
ほんのりと炙りの効いた地鶏の歯ごたえと、力強い鶏のうまみが、じわりと口いっぱいに広がっていった。

「馴れ合いになりたくない」
「仕事の話はともかく、私生活を話したくない」
「話すのは構わないけれど、うまくしゃべれなかった」

「……そうですね。そう言われると色々考えられますね」

「うん。どんな人か、まだわからないもんね」

でも、頻繁に席を立って色んな人と会話してたかな。
マスターの澪さんとはよく話していたけれど。

私の話がつまらなかった……。それは少し置いておこう。

「そういえば、その日は上司のカバン持ちさせられたって言ってました」

「へぇ、今どき珍しいね。男社会の洗礼じゃん」
ミシマは運送関係の会社で、中間管理職をしている。

「女性と話すのに、慣れていないだけじゃない?」
そして、こういう時だけは勘が鋭い。

「あ、そう言われるとそんな感じかもですね」
「お母さんと仲がいいって、何度か言ってました」
「それじゃ、本当に社会経験ですかね」

「うん」
「それに、その時間まで飲んでるってことは、仕事も忙しいんじゃないの?」

「そうですね、そうかもしれません」

爽子はお猪口を置き、ふっと息をついた。
いつの間にか、大翔と次に会うときのことばかりを考えていた。

「そういえばさ、爽子ちゃん」
「鶏の炊き込みご飯、そろそろじゃない?」

「そういえば、まだ来ていないですね。もう少しかな」爽子は続ける。

「先輩、この豆おいしいですね。わたしも作ってみようかな」

爽子は、鞍掛豆くらかけまめの最後の一粒に、遠慮がちに目線を送ると、ミシマが柔らかい笑顔で「どうぞ」と、爽子に譲った。

渋い色味に、宝石のような艶のある豆。それに、馬に鞍をかけたような黒い模様が入る、みたことのない豆だった。

「おいしい……」
その贅沢な一粒に、しっとりと心が潤うのを感じる。

「あ、先輩」爽子が目で知らせると、店員が落ち着いた様子で料理を運んできた。

「お待たせいたしました、地鶏の炊き込みご飯です」
ミシマと目が合う。爽子も思わず破顔して、土鍋を目で追った。

「酒粕とお味噌に漬け込んでじっくりと火を通しております。お鍋が熱いうちに混ぜていただきますと、より香りをお楽しみいただけるのですが、こちらで混ぜてもよろしいでしょうか?」

ミシマが、目で訴えている。
「はい、ぜひお願いします……」爽子も恍惚の表情で店員に応じた。

店員は満面の笑顔でやさしく微笑み、軽くおじぎをすると、ゆっくりと鍋の蓋をあけ、傍らにそれを置いた。ご飯を上品に具材と混ぜて、丁寧によそってくれた。土鍋のふちに焼きつけた、味噌の香りがあっという間に立ち上る。

そのとき、爽子はふと気づく。
──大翔の話を、すっかり忘れていた。

「ふぅ……。あったまるね」
「はい、ほかほかの湯気がたまらないです」
「こういう優しい味、いいよね」
「はい。私も薄い味が好きなので、お出したっぷりで。いいですね」

2人は、炊き込みご飯に夢中になった。

「……美味しかったです」
「そうだね。ここにしてよかったでしょ?」
土鍋が下げられるとき、ふたりは自然と背筋が伸びた。
名残惜しさと、満たされた静けさが同時に落ち着いていく。

「……あ、先輩。せいろ、頼んでましたよね」
爽子が気づくと、店員が木箱をそっと置いた。

「もう入らないと思ってたのに」
「蕎麦は別枠でしょ」
ミシマが小さく笑う。その笑みに、爽子は “あぁ、これが本命だったんだ” と胸の内でつぶやいた。

湯気のない皿から、ふわりと香りが立つ。
長野の山の冷たさが、そのまま細い麺に宿っているようだった。

「この香り……いいですね」
ひんやりとした静けさが落ちていく。

「先輩、A市の蕎麦粉なんですね」

爽子は、薬味を添えて、そっと箸をのばした。
まずはそのまま。次に、先だけをつゆに落とす。

「こういうの、爽子ちゃん好きでしょ」
ミシマはずっとご機嫌だった。

「ありがとうございます。恐れ入ります」
いたずらっぽく目を細めながら。
2人は小さく笑ったあとで蕎麦湯に口をつけた。

きりっと冷えた蕎麦が、炊き込みご飯の余韻をすっと引き締めた。

「ごちそうさまでした」
蕎麦茶の香りが落ち着いたところで、静かな満足だけが残り、
2人は店を出た──。

<了, 約 2,600 字>


あとがき

第3話をお読みいただき、ありがとうございました。

食事のシーンを丁寧に描きたくて、章を分けて公開しました。
料理の温度が、爽子の心の温度と重なる描写を心がけました。

※昨日の公開版を読んでくださった方へ 分割前の下書きはこちらにあります。 (読み流していただいて大丈夫です)

本稿の後は「3話‑III」を公開、
そして「ミシマとの食事後」のお話に続く予定です。
続きもゆっくり楽しんでいただけたら嬉しいです。

ご感想や気づいたことなど、軽いひとことでも励みになります。
どうぞ温かい目で見守っていただければ幸いです。

追記: 締めの「せいろそば」を、文末に追記いたしました(詫)

蕎麦食推進クラブ「さざれ石」

 ※ 改稿による再通知を防ぐため、
  テキスト形式のリンクに変更しました(作者)

Eijyoさん、お約束から1年もお待たせしてごめんなさい。
お蕎麦が登場する「物語」でお送りしたかったのです。
寛大に、ありがとうございます😃

#蕎麦食推進クラブさざれ石

次のお話は、3話-III となります
おたのしみに!

人生に、音楽とときめきを🥃


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久藤 あかり | はじめまして! スキ、コメントが1番うれしいです。私の記事を元にあなたの記事を書いてもらうのも大歓迎!心が動く言葉はありましたか?ご感想お待ちしています😊