#500[短編]琥珀色の間[8]──手の中で跳ねる鼓動・II
アロマオイルをまとわせる音──手の中でゆっくりと温められたオイルの跳ねる音が、鼓動を緩やかに大きくしていくのを感じていた──。
1話、2話、番外編・大翔、3話 -I、3話 -II、3話 -III、4話、5話-I、本稿
※ 連載ですが、どのお話からも読めます。
大翔と知り合った翌日、高校の先輩・ミシマとの食事帰りにマッサージを受ける爽子。彼の問いかけに答えるうち、自分では気づかなかった大翔の人となり見え始めて……? 緊張が走る、第9回。
◇
「それじゃ、肩からいくね。痛いところはある?」
ミシマはベッドに腰かけた爽子の後ろに周り、
肩まわりから軽くほぐし始める。
爽子は、自分の話をひとつ置くたびに、
ミシマの奥に隠れた本音が、そっと姿を見せるのを感じていた。
先輩がいうには、年齢差があると相手の人生が “まっさら” に見える。そういう姿を見て、自分の中の “閉じた扉” が少し軋んだだけ──。
何もしないのがいい。それに楽でいられるはず。
爽子は、そう何度もいい聞かせる──。
◇
ミシマの指が身体にゆったりと沈み、こわばりをほぐしていく。
爽子は笑ったり、相槌を打ったりしながらミシマの話を聞いていた。
「彼は “察するタイプ” ではあるかもね」
ミシマの親指が、爽子の肩のこわばりを見透かすように、いちばん重たい場所にじわりと沈み込んだ。
「自分よりも先に、場の空気を吸い込む……そんな癖があるとかね」
的を射たその指の圧力に、爽子は小さく息を呑んだ。
「それに」ミシマは一呼吸おいた。
「彼はどうして、澪さんの店を気に入っていると思う?」
ミシマは意味ありげに、先生の口調で言った。
爽子は一瞬、ドキリとした。
その視点ではまだ考えていなかった。
リズミカルに肩を往復しながら、トントンと往復している。
ミシマは、ボクは Barの雰囲気が苦手で、あまり行かないけど。と笑う。
爽子は少し考えて、目を閉じた。
澪との出会いから思い返していた。
澪さんは、佇まいを大切にしている。
居心地がいいこと、安心できること。
隣に誰がいても気まずくないこと。
お客を1人にしないようにする。
1人になりたそうな人はそっとしておく。
──そのバランスを取るのが楽しい。
──お客同士の会話には注意している。
夜の世界を知らない爽子に、少しずつ教えてくれるようになっていった。
「……」
ミシマの手に揺られながら、澪の店の、開いたばかりの静けさ、少し賑わってきた心地よさ。でも温かい場所だと、肌で思い出そうとする。
「マスター、澪さんは空気を読む。距離感のプロ、だからかな」
「澪さんは、透明な壁を作るのが上手なんです。寂しい人を一人にしないけれど、一人になりたい人の孤独も、ちゃんと守ってくれるような」
背中をさするミシマの手が、優しく肯定するように一度だけ、ゆっくりと円を描いた。
──この場を壊したくない。
澪が何度か話していたことがあった。
その人の「空間」を大切にしたい、とも言っていた。
つまり、「場」と「空間」は絶対に譲れないものということだ。
「誰かと一緒にいながら、自分の孤独も守れる場所」
それが「安心」に繋がる。ミシマは続ける。
そうなれば自然と相手の変化に敏感になる。
でも、自分の不安は言えない。爽子も考えを進めた。
2人の共通点かもしれない。
だとすると 『帰る』 ことで “裏切り” のような感覚になる。
「店員と、お客──2人は秘密を共有する “共犯者” でもある」
爽子の思考を同時に追っていたかのように、ミシマの言葉が、マッサージの心地よい痺れとともに、爽子の背骨を駆け抜けた。
帰らないことで「彼女の作った空間を完成」させる。
それは優しさというよりも、もっと切実な、一蓮托生の重み。
「そうか……だから、帰れなかったんだ」
爽子の肩から、ふっと不自然な力が抜けていった。
だから、どんな会話をしているかよりも、
帰らないことで澪さんを引き立てていた可能性もある。だよね……。
「澪さんと彼の空間なわけよ。Barって」
ミシマは、ご名答、と自演風に、落ち着いた笑いで応えた。
「あくまで彼は、澪さんのお客さん。これを忘れてはいけない」
ミシマは『授業』の締めに、生徒を諭すように言った。
「そうですね。もしかすると、彼の “優しさの癖” かもしれないですね」
ミシマに続けて、爽子もリズムよく話した。
「今、こうやって振り返ってしまうのは、彼の気持ちを丁寧に扱いたいからだよね」
それは、 爽子ちゃんのいいところだよね。
むしろ、 きみの言葉はずっと一貫している。
相手を大切にしたい、自分の気持ちも大切にしたい。
きみの “生き方” なのかな。
ミシマは敢えて自分にいい聞かせているような口ぶりだった。
◇
「よし。身体も温まってきたね」
「それじゃ、オイルの準備をするから少し待ってて」
「はーい」爽子は安心した表情で、応答した。
ミシマは軽やかにロフトへの梯子を登っていく。
一度振り返って、爽子に言った。
「そうそう。ローブから両手を抜いて、ベッドにうつ伏せになってて」
「布団みたい羽織って、寝そべっててもらえるかな」
「わかりました、OKです」
「足元は、そのタオルをかけといてね」
1人残されたベッドの上で、言われたように準備していると、
小さくテレビの音が聞こえ始めた──。
<了, 1,700 字>
今夜、この続きを出そうと思います。
どうぞお楽しみに🙂

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