言えなかった「最後」、それでも届いていた「ありがとう」
離れてしまった人は、
もう会えない存在だと思っていました。
1.限界のそのときに
数年前、責任ある仕事に就き、がむしゃらに働いていました。
けれど、その役割が思っていた以上に孤独なものだと気づいたとき、
心は静かに限界へと近づいていきました。
もう無理かもしれない──
そう思った瞬間でした。
ふと、不思議な感覚に包まれたのです。
それまで仕舞い込んで、なぜか思い出せなくなっていたはずの
おばあちゃんの存在を、急に近くに感じました。
懐かしい記憶が蘇る、というよりも、
ただ静かに、そばにいてくれるような感覚。
人生で初めて味わう、この心の安らぎ。
言葉はないのに、
「ひとりじゃないよ」と伝わってくるようでした。
胸の奥に、あたたかいものがゆっくりと広がっていきました。
2.私の唯一の味方だった人
おばあちゃんは、幼い私にとって家族の中で唯一信頼できる、絶対的な味方でした。
誰の悪口も言わず、いつも私の話を優しく聞いてくれる温厚な人で、怒った姿を見たのは一度だけです。
幼稚園の頃、
おじいちゃんに似顔絵を描いて渡したときのことでした。
理不尽に怒鳴られ、絵を破られ、
怖くて泣きじゃくる私の前に、おばあちゃんが立ちました。
いつも穏やかな人とは思えないほど、
まっすぐに、強く。
あのときの背中は、今でも忘れられません。
「あなたは悪くないよ。おじいちゃんがおかしいだけだよ。」
そう何度も優しく伝えながら、気持ちが落ち着くまで手を繋ぎ、外を一緒に歩いてくれた温もりも、ずっと私の胸の中に消えずに残っています。
そんなふうに、
ありのままの私を尊重してくれる優しい祖母が大好きでした。
だからこそ、
小学生になると、一人で電車に乗って祖母の家へ泊まりに行くことが、何よりの楽しみになったのです。
「あそこに行けば、私は私のままでいいんだ」
そんな確信にも似た思いを抱きながら、幼い心に唯一の自由と深い愛情を感じていたのだと思います。
二人でスーパーに行き、陶芸教室に付き添い、夜はテレビを見て笑い、一緒の布団で眠る。
そんな何気ない時間こそ、私にとってこの世で一番幸せなひとときでした。
3.小さな胸にしまった秘密
幼い私は、ある秘密を抱えていました。
家では、怒鳴り声が響き、
何がきっかけかわからないまま叱られることがありました。
昨日まで普通だったことが、
ある日突然、怒りの理由になる。
そんな毎日でした。
怖くて、息をひそめて、
気配を消すことばかり覚えていきました。
本当は、誰かに言いたかった。
「助けて」と。
でも──
おばあちゃんにとっての子どもは、私の親です。
もし本当のことを話してしまったら、
大好きなおばあちゃんを
深く傷つけてしまうかもしれない。
そう思うと、どうしても言えませんでした。
一度だけ、手紙を書いたことがあります。
言えない気持ちを全部書いて、
誰にも見つからないように、
引き出しの奥にしまいました。
渡せば、何かが変わるかもしれない。
そう思ったのに──
最後まで、渡すことはできませんでした。
読まれたら、
おばあちゃんはきっと悲しむ。
そう思うと、怖かったのです。
だから私は、
何もなかったように笑って、
「大丈夫だよ」と言いながら、
本当は全然大丈夫じゃない毎日を過ごしていました。
小さな胸の中に、
行き場のない気持ちを抱えたまま、
誰にも気づかれないように、
静かに耐えていました。
4.一番になれない寂しさ
新しく生まれた孫をあやすおばあちゃんの背中を、
小学生だった私は少し離れた場所から見ていました。
名前を呼ぶ声はやさしくて、
その腕の中は、とてもあたたかそうでした。
そのやさしい時間の中で、
ふいに現実に引き戻されるように、
おばあちゃんは私に聞きました。
「あの子、仕事の異動あったみたいやけど大丈夫そう?」
その言葉を聞いたとき、
胸の奥が、少しだけざわつきました。
そして──
そのとき、ふと気づいてしまったのです。
私にとっておばあちゃんは、
たった一人の、かけがえのない存在だったけれど、
おばあちゃんにとっての「一番」は、
きっと、私ではない。
そう思った瞬間、
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられました。
それは、誰かを責めるような気持ちではなくて、
ただ、どうしようもない寂しさでした。
それでも私は、何も言いませんでした。
嫌われたくなかったし、
困らせたくもなかった。
だからその気持ちも、全部飲み込んで、
ただ──
おばあちゃんと一緒にいられる時間だけを、
大切に守ろうとしていました。
5.言えなかった「さよなら」
19歳のとき、両親の離婚が決まりました。
私は、一方の親と距離を置くことを選びました。
その選択は、
おばあちゃんとの時間も手放すことを意味していました。
「今日を最後にする」
そう心に決め、入院中のおばあちゃんに会いに行きました。
病室では他愛もない話をしながら、手のひらサイズの小さくて可愛いお地蔵様をプレゼントしました。
「元気になってね」
そう言うのが精一杯でした。
帰り際、
おばあちゃんは「またね」と笑いました。
私は、ただ微笑み返すことしかできませんでした。
何も言えないまま、
病室を後にしました。
廊下に出た瞬間、
涙が止まりませんでした。
6.おばあちゃんの訃報
それから4年後、電話でおばあちゃんが亡くなったことを知りました。
親の決め事で、お葬式には出席できませんでした。
あの温かい笑顔を、最後にもう一度見ることはできなかったのです。
おばあちゃんが最後に何を思っていたのか。
私のことを覚えていてくれたのか。
それすら知ることはできませんでした。
ただ、心の中で何度も謝りました。
最後まで会いに行けなくて、ごめんなさい。
何も言えなくて、ごめんなさい。
7.救われたあの日の言葉
それからしばらくして、知り合いから「すごいカウンセラーがいる」と紹介されました。
最初は興味本位でしたが、会ってみることにしました。
扉が開いて目が合った瞬間、その方の目線が私の向こう側を見ているように感じました。
直感で、この人は「視える人」だと分かったのです。
亡くなったおばあちゃんのことがどうしても乗り越えられない、とだけ話すと、
カウンセラーさんはおばあちゃんの生年月日や特徴を聞きながら、こう言いました。
「おばあさまが小さな観音様を大事に持っているのが見えます。何かわかりますか?」
観音様には心当たりがありませんでした。
私は、最後に渡した小さなお地蔵様のことを話してみました。
するとカウンセラーさんは静かに微笑み、こう言いました。
「あの世には、一つだけ大切なものを選んで持っていけるんですよ。
おばあさまは、
あなたがくれたお地蔵様を選んだんですね。
だから今、お地蔵様が観音様のようにキラキラと輝いて見えています。」
その瞬間、長い間凍っていた何かが、静かに溶けていきました。
そして、
ずっとおばあちゃんに申し訳なく思っていたこと、
昔、手紙に書いた思いを渡せなかったことを伝えると、
「大丈夫ですよ。
天に行かれてから全てが見えるようになり、あなたの思いもみんな知ることができたそうです。
辛い思いをしていたことに気づいてあげられなくてごめんね、と話されています。」
胸の奥に押し込めていた想いが、あふれてきました。
8.離れていても、そばにいる
離れてしまった人は、
もう会えない存在だと思っていました。
でも──
そうじゃなかった。
限界のとき、
ふと感じるあの安心感は、
きっとあの日と同じように
私を守ってくれているから。
そして今、こう思います。
あの小さなお地蔵様は、
もしかしたら、
これからもずっと
おばあちゃんと私をつなぐ、
たしかな絆のしるしになっているのかもしれません。
おばあちゃん、
本当にありがとう。
ずっと大好きです。
【おわりに】
目には見えなくても、心の中でそばにいてくれる人がいる。
その温もりを感じながら、今日も歩いていけることに感謝します。
大切な人との思い出や、伝えられなかった言葉も、私たちの胸の中でずっと生き続けています。
もし、誰かに「ありがとう」と伝えられなかった想いがあっても、
心の中でそっと思いを馳せるだけで、
胸の重さが少しずつ和らぎ、温かさに変わるかもしれません。
そして今日も、離れていてもそばにいてくれる人の存在を感じながら、
自分の一歩を大切に歩んでいきたいと思います。
▶︎自己紹介記事はこちらから
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