私の音楽遍歴:めざせ!普門館!~プロローグ
Aloha!
題名に引き寄せられた方、通りすがりの方、以前からご覧頂いている方(いないか(^0^;))、ようこそお立ち寄りくださいました。
これは、中学で楽器に音楽に目覚めて、高校で沼から抜けられなくなり、音大受験を志すも挫折して、大学生活の3年間を捧げた(?)私と後輩たちのコンクール草の根挑戦記です。
うだうだと「私の音楽遍歴 少年編」(?)を書いたものもございますので、お時間がありましたらお読み頂けると幸いです(^^♪ 長いですけど、、、
副題については説明が不要でしょうが、かいつまんで。
普門館・・・宗教法人の立正佼成会が所有していた、収容人員が5000人規模のホールで、長期にわたり全日本吹奏楽連盟や東京都吹奏楽連盟がコンクール会場として利用していたことで、「吹奏楽の甲子園」「吹奏楽の聖地」と言われていた。
普門館との出会いは、中学三年生の東京都大会でした。
中学二年生の二学期から吹奏楽部に入部したので、コンクールには三年生のときに出場しました。
運命のいたずらか、その年は普門館で全国大会が開催されるようになった最初の年だったのです。
で、なんと東京都大会も普門館で開催されたのです。
当時は知りようもなかったですが、数年後にそのありがたさをかみしめました(>_<。)感涙にむせぶ
まぁ、言ってみれば高校野球兵庫県予選が甲子園であるようなものでしょうかね(^0^;)
とはいえ、初めての年なんだからまだ「吹奏楽の甲子園」とはよばれませんよね。
あらためて思いかえすと、コンクールの本番のステージで吹いた音が客席に吸い込まれてしまって自分の音がわからなくなる。
隣の席も前の方の音も。何やってるのか聞こえない。
だってそんなホールで演奏したことなかったしね。
普門館での演奏はその一度だけで終わってしまいましたが(^0^;)
怖いホールだったという思い出です。
あ、ステージやひな壇がゴムというか黒い床なのが印象的でしたね。
閉館のときにその床が細切れにして配られたとか何とか。有名だったんですね、やっぱり(・_・)
私にとっては中学三年のときに幸運なおこぼれで体験することが出来た普門館でしたが、その数年後にそのステージを目指すことになろうとは、、、
ということで、次回から「めざせ!普門館!」始めたいと思います。
たまに覗きに来て下さいませ。
はじまりはじまり。
それでは、
Mahalo!
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