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SIerの卵、カップヌードルミュージアムに行ってきた話(日常会)

このまえ、カップヌードルをテーマにした記事を書きましたが、その後カップヌードルミュージアムに行く機会があったので、ちょっとした感想をば。

今回の記事は、自社の宣伝というにはあまりに日清さんを上げすぎている感じになりそうですが、そこはご容赦ください。

カップヌードル。 今ではあまりに存在が当たり前の食品ですが、考えてみるとなぜこんな食品が生まれたのかと思うほど、魔法のような食品です。

カップヌードルミュージアムでは、単にその製造工程が見られるわけではありません。創業者である安藤百福という人物が、なぜカップヌードルを発明するに至ったのかが、子供にも分かりやすく展示されていました。

「どうカップヌードルを作るのか?」ではなく、

「なぜカップヌードルが作られたか」

その原点は、戦後の食糧難に陥った日本を目の当たりにした安藤さんが、「衣食住といえど、食がなければ衣も住もない」という思いに至り、食品事業を手掛け始めたことでした。

後から調べてみて驚いたのですが、この安藤さんという方、元は台湾出生の方で、現代の一般的な日本人ではおよそ経験しないような艱難(かんなん)辛苦を経験されています。当時の日本の憲兵による拷問も経験し、GHQによる逮捕から全財産の没収という憂き目にさえあっているのです。

しかし、そうした逆境への恨み言は一切吐かず、その思考は常に「人類の食」に向かっていました。その精神力だけでも凄まじいものがあります。即席麺の開発に乗り出してからは、1年間失敗を繰り返しながら、ひたすら麺と向き合い続けたそうです。

よくこうした発明物語では、華やかな閃きからブレイクスルーが起きる瞬間が語られがちですが、ミュージアムではそれを殊更には持ち上げません。

むしろ、その裏にあった「何百というトライ&エラーを続けること」「ひたむきに考え続けること」の重要性を説いていました。泥臭い努力こそが本当に重要で、尊いものであると、展示全体から伝わってきます。

そうして出来上がったのが、あのお湯を入れるだけでおいしいスープまで楽しめる「チキンラーメン」です。まだ即席麺がこの世になかった時代に、このような商品の存在を、いったいどれだけの人が想像できたでしょうか。

クリエイティブな発想を持ち続けること。 飲食業から離れた私が、SIerとして安藤さんから学べることがないかを考えると、やはり展示にあった以下の3点に尽きると思います。

1. 一つ一つ試みては捨てていく。開発とはこれでもかこれでもかと追求する作業である。

2. 発明はひらめきから。ひらめきは執念から。執念なきものに発明はない。

3. 転んでもただでは起きるな。そこら辺の土でも掴んで来い。

by安藤百福

ミュージアムの展示を後にしながら、私もSIerとしての決意を新しく固め直しています。

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