授業研究法②
前回書いたように、授業をどう見るのか、とりわけ子どもがどう学んでいるかを見るために、私たち教師が授業を見る際に持つべき視点について『これからの授業研究法入門』(秋田喜代美編)から学んだことをもとに書いていきたい。
なぜ授業を見るのか~授業を見ることでしか得られない魅力~
「なぜ授業を(実際に)見るのか。」
この問いに皆さんはどう答えるだろうか。
日々教壇に立ち、子どもたちの指導に熱心に、精力的に取り組んでいらっしゃる先生たちにとっては、他人の授業を見るということは、自分自身の日常の指導と直結しているはずだ。
そうなると、教師の指導がどうなのか(指導技術)という視点を持っている方が圧倒的に多いとも思う。
であれば、発問はどうか、授業の構成はどうか、板書はどうだったかなど教師の目線で授業を見ることになるだろう。
しかしながら、”学ぶのは子ども“である。
授業で子どもがどう学んでいるかを見ることなしには子どもに学びが成立しているかどうか、一人一人が深く学んでいるのかどうかはわからない。
本書(「これからの授業入門」)では、「なぜ授業を見るのか」という問いに対して、”子どもの目線で授業を見る“という立場から、3つの答えが示されている。
その1~実際の学びの過程をライブで見ることができること~
実際の授業を見ると、教室に35人の子どもがいれば、35通りの学びがあり、見ることができる。
また一人一人の学習の過程だけではなく、様々な子ども同士のかかわりを見ることもできる。
また、学びの過程では、驚きや戸惑い、わかることの喜びなど子ども一人一人の様々な感情が揺れ動いている。
さらに話し言葉や書き言葉でのコミュニケーションとともに、非言語的なものとしての表情やたたずまい、その教室の雰囲気などをじかに感じることができる。
こうしたことは、じかに授業を見なければ感じることはできない。
ただ、私たちがこうした子どもに立場に立った授業の見方ができるために必要なことがある。
それは、授業を見る際に「よい授業かどうか」「教師は授業が上手いかどうか」「荒れたクラスなのかどうか」などのさまざまな先入観をもって教室に入ったりせず、教室の子ども一人一人のありのままを見る構えを持つことが大切になるということである。
今日の授業でどのような出会いができるのかという期待を持ってみるということだ。
次回は「なぜ授業を見るのか」ということについて、さらに深めてみたい。
