ラーメンと怪物を生んだ夏
【#n2c_THE_CREATIVE_BUG――Human Bug Report】
究極の時に究極の存在が生まれる。
深夜勤務の対応で出社した。
重要な仕事なので監督を任されたのである。
深夜の2時に家を出る。
蒸し暑い深夜の風を切ってバイクで向かった。
仕事を終えると同僚が言った。
「朝ラーに行かないか。近いから。」
聞けば名店との事だった。
その「近い」は、思ったよりずっと遠かった。
真夏の朝。
照り返すアスファルト。
吹いてくるのは風ではなく熱気だった。
ようやく店へ着く。
しかし、そこにあったのは「閉店」の札。
帰りは本当に暑さで倒れそうだった。
倒れそうになりながら帰る途中、私は考えた。
人間は暑さにも寒さにも弱い。
だが、不思議なことに、人間はただ耐えるだけでは終わらない。
不便を前にすると、「もっと良い方法はないか」と考え始める。
歴史を見ても、それは変わらない。
■ 一杯のラーメンを求めた男
戦後、人々は温かいラーメンを求めて屋台へ並んでいた。
「家で簡単に食べられないだろうか。」
そう考えたのが、台湾出身の実業家・安藤百福である。
後に日清食品を創業し、世界初のインスタントラーメンを生み出す人物だ。
しかし彼は順風満帆ではなかった。
事業の失敗。
財産を失う経験。
それでも四十八歳で新たな挑戦を始める。
自宅裏の小屋で来る日も来る日も麺を研究した。
ある日、妻が天ぷらを揚げる様子を見て閃く。
麺を油で揚げれば、水分が抜け、保存でき、お湯で戻る。
一杯のラーメンをもっと手軽に。
その発想が、世界中の食卓を変えた。
チキンラーメンの誕生である。
■ 夏のない年
一八一五年。
インドネシアのタンボラ火山が大噴火した。
翌年、ヨーロッパでは六月に雪が降り、作物は育たず、人々は飢えと寒さに苦しんだ。
正確な死者数は分かっていない。
この年は「夏のない年」と呼ばれる。
その異様な夏、スイスのジュネーブ湖畔で若者たちは外へ出られず、怪奇小説を書く遊びを始めた。
その中にいたのがメアリー・シェリーである。
こうして『フランケンシュタイン』は生まれた。
怪物が恐ろしいのではない。
本当に恐ろしいのは、自ら生み出した存在を人間自身が拒絶してしまうことだった。
■ 猫とラーメン
猫はラーメンを啜らない。
ニャンコ用のラーメンもあるが普通に食べる。
暑ければ日陰へ。
寒ければ陽だまりへ。
腹が減れば別の場所へ向かう。
世界を変えようとは思わない。
人間は違う。
暑ければ冷房を作る。
食べ物が傷めば保存方法を考える。
夏が消えれば怪物の物語を生み出す。
猫から見れば、人間ほど落ち着きのない生き物はいない。
目の前の問題だけでは満足せず、まだ存在しない未来まで作ろうとする。
【デバッガー所感】
私は結局、朝ラーを食べられなかった。
だが、その一杯から二つの歴史を思い出した。
一つは、人を満たすラーメン。
一つは、人を震えさせる怪物。
どちらも「足りない」という現実から生まれた。
人間は満たされた世界では、あまり進歩しない。
不便だから発明する。
不安だから物語を作る。
欠けているから、埋めようとする。
それは欠陥なのか?
それとも、人類という生物に最初から組み込まれた――
創造のバグなのか?
あとがき
今日、どうしてもラーメンが食べたくなった。
スーパーへ寄り、チキンラーメンを買う。
お湯を注ぐ。
三分待つ。
チキンラーメンには色んなアレンジレシピがある。
単純な卵やキムチのトッピング。
カルボナーラ風。チキン出汁と相性がいい。
チャーハンもOKだ。
でも私は結局、そのまま食べるのが好きかも知れない。
たまにパリッとした食感の残った麺。
琥珀色のスープ。
スープの香りも最高だ。
発明というものは、不思議である。
安藤百福が小屋で何百回も失敗した時間を、
私は三分で受け取っている。
