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人のことを恨みはじめたら暇な証拠


2026年8月2日(日)朝の6:00になりました。

今日は、遠足の下見に行きます。

どうも、高倉大希です。




子どものころは、暇が苦痛だったのですが。

大人になってからは、暇を感じなくなりました。


忙しくて時間がない、とかそういう話ではなく。

空いた時間を暇だと思わなくなった、と言うのが適切な気がします。


暇をつぶす手段が増えた、とも言えるかもしれません。

暇を楽しめるようになった、とも言えるかもしれません。


なぜ暇は搾取されるのだろうか?そらは人が退屈することを嫌うからである。人は暇を得たが、暇を何に使えばよいのか分からない。このままでは暇のなかで退屈してしまう。だから、与えられた楽しみ、準備・用意された快楽に身を委ね、安心を得る。

國分功一郎(2015)「暇と退屈の倫理学」太田出版


あの人のせいで、うまくいかない。

あの人のせいで、損をした。


あの人のせいで、苦虫を噛んだ。

あの人のせいで、人生がおかしくなった。


人のことを恨みはじめたら、暇な証拠。

どこかで耳にしてからというもの、ずっと記憶に残っている言葉です。


努力しても解決がないと嘆いている人は、そのために、「自分の努力が足りないからだ」と不必要に自分を責めたり、「こんなに努力しても解決しないのは、××が悪いからだ」と考え、他人や組織やいろんなものを恨んでみたり、要するに自分の苦しみを倍加させている、ということである。

河合隼雄(1998)「こころの処方箋」新潮社


人のせいにできるってのは、それはそれでよいことなのかもしれません。

そのおかげで立つことができるのなら、それでもよいのかもしれません。


でも、ずっと人を恨み続けるというのは。

いくらなんでも、しんどいよなと思います。


恨みにすがって、恨みを手放せなくなるというのは。

いくらなんでも、辛いよなと思います。


子どもたちは、人間関係を自分で磨き直す力を持っている。にもかかわらず、大人が「やめなさい」「謝りなさい!」などとすぐに介入するので、人間関係を自力で修復する機会を奪われ、かえって恨みを募らせることにもなるのだと。

苫野一徳、工藤勇一(2022)「子どもたちに民主主義を教えよう」あさま社


人のことを、恨みそうになったなら。

暇をつぶす豊かさを、取り戻さなければなりません。


そんな相手に、自分の人生をくれてやるのは。

あまりにも、もったいない。


人のことを恨みはじめたら、暇な証拠。

どうか、恨まずに済みますように。






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