第一パン―大田区発祥企業 (六郷特別出張所) #365
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細貝義雄(ほそがい よしお)
1915年 (大正4年) 3月11日生
新潟県出身の実業家。
尋常小学校卒業後
パン職人としてのキャリアを積む。
1947年 (昭和22年)
32歳の時
第一屋製パンを創業。
初代代表取締役に就任。
1966年 (昭和41年)
日本パン工業会副会長に就任。
1985年 (昭和60年)
第一屋製パン会長に就任。
2001年 (平成13年) 7月27日
大田区内の病院にて死去した。
86歳。
亡くなった時の自宅は、
西六郷二丁目であり
創業の地である大田区との関わりは
生涯続いた。
第一屋菓子店からスタート
戦後間もない
大田区が誕生したばかりの
1947年 (昭和22年) 6月
雑色駅前の
大田区仲六郷で創業した。
配給下で
パン製造が自由にできなかったため、
創業時は
アイスキャンディ店だった。

京浜急行雑色駅前に開業した第一屋菓子店
全国企業の原点は雑色の小さな店だった
出典:第一パン
第一パン略歴(大田区内中心)
1947年 (昭和22年)
6月
第一屋菓子店を創業。
10月
食糧営団第十六パン代位販売店となり、
配給制であった
パン販売店となる。
パン工場を開設する。
1948年 (昭和23年)
1月
「委託製パン」として
パンの製造を開始した。
8月
合資会社第一屋を設立。
1949年 (昭和24年)
1月
東京都パン指定工場になる。
1951年 (昭和26年)
7月
パン販売自由化を見据え
第一屋直売店
第一号店をオープンした。
1952年 (昭和27年)
4月
漏電により工場が全焼するも、
10日後には生産を再開した。
6月1日
パン販売自由化となる。
1953年 (昭和28年)
9月
再び工場が全焼する。
1954年 (昭和29年)
バターの代替需要の、
「ネオ マーガリン」
(ネオソフトの前身)
の販売を開始。
発売後、
好評を博した。
昭和20年代後半
実効米価が割高であったため
代用食として
パンの販売が伸びた。
1955年 (昭和30年)
1月
東京都大田区東六郷に
蒲田工場が竣工。
3月
全国給食パン組合連合会が誕生する。
7月
第一屋製パン株式会社を設立。
1956年 (昭和31年)
2月
全日本パン協同組合連合会成立。
(全パンと日本パン協連合同)
1959年 (昭和34年)
7月
はじめてTVCMを放映する。
1960年 (昭和35年)
11月
第一屋製パン
蒲田工場が竣工する。
1968年 (昭和43年)
3月
宮田工業跡地に
(現・モリタ宮田工業)
新本社および新蒲田工場が完成。
本社を移転し旧蒲田工場閉鎖。
(東六郷2‐18‐2)
1968年 (昭和43年)
雪印乳業が
(現・雪印メグミルク)
冷蔵庫から出して
すぐにパンにぬれるマーガリン
「ネオ マーガリン ソフト」
(現・ネオソフト)
が発売される。
1979年 (昭和54年)
4月
蒲田工場を全面改築、
新本社工場が完成し
操業を開始。
1998年 (平成10年)
6月
ポケモンパンの販売開始。
封入された
「デコキャラシール」
が人気を集めた。
2000年 (平成12年)
11月
本社を
東京都大田区南蒲田に移転。
東六郷の本社工場を閉鎖し、
生産を他の関東4工場に移管。
東六郷の工場跡地は
東京都立六郷工科高等学校になっている。
2009年 (平成21年)
6月
本社を
東京都小平市に移転。
2013年 (平成25年)
5月
プリキュアパンの販売開始。

出典:第一パン

写真下部の道路は国道15号線
出典:第一パン

出典:第一パン
本社跡地東京都に100億円で売却決定
製パン大手、
第一屋製パンは、
東京都大田区にある
本社及び本社工場を
東京都に売却することが
明らかになった。
売却価格は約100億円。
「平成10年1月頃から東京都教育庁より、
第一次都立広告改革推進計画で
新設する単位制工業高校の用地として
購入の依頼がありました。
当社としては発祥の地であること、
稼働中の工場であることから
一度は謝絶しましたが、
東京都の教育行政に
貢献するという社会的意義と、
当社の経営戦略上プラスになると
判断しました。」
と第一パン広報部は語っている。
(『週間不動産経営』2000年5月11日掲載、第一パン広報部コメント)

撮影:かえる11号
最後に
戦後の混乱期に
雑色の駅前で産声を上げた
小さな菓子店は、
やがて全国規模の
製パン企業へと
大きく成長した。
Otapediaは、
細貝義雄氏を
「大田区特別顕彰区民」
として
第一パンを
「大田区発祥」
の企業として
また
「大田区無名の企業」
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1. Wikipedia『細貝義雄』
2.『第一パン』第一パン | 第一屋製パン公式サイト
3. Wikipedia『第一パン』
4.『第一パン 東京都に100億円で売却決定 跡地は都立高校を建設予定』
週間不動産経営 2000年5月11日
5. Wikipedia『ネオソフト』
https://www.panstory.jp/pdf/hen8_1.pdf
細貝義雄氏死去
https://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx?id=20010730000716
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