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大森貝塚 発見【6月19日】(入新井出張所) #364

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
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モースという人物

エドワード・S・モース
(Edward Sylvester Morse,
 1838.06.18~1925.12.20)

アメリカの動物学者で、
日本の生物学・考古学の
基礎づくりに大きく寄与した。

1898年 (明治31年) 
東京帝国大学
(現・東京大学)
における
生物学の教育・研究の基盤整備、
日本初の学会設立などの功績により
勲三等 旭日中綬章

1922年 (大正11年) には、
勲二等 瑞宝章
を受賞している。


標本採集のため初来日

1877年 (明治10年) 6月18日
腕足動物の種類が
多く生息する日本へ
標本採集のために
横浜に来日した。


大森貝塚の発見

1877年 (明治10年) 6月19日
文部省へ
標本採集の了承を得るため
横浜から新橋へ汽車で向かう際
大森駅付近の車窓から
大森貝塚を発見した。


大森貝塚の発掘

1877年 (明治10年) 9月16日
松原任三・佐々木忠次郎・松浦佐用彦らと共に
発掘を開始。

その後
9月29日にも再訪
10月9日から本格的な発掘を行った。


教育博物館(国立科学博物館の前身)

大森貝塚から出土した優品は
教育博物館に展示された。

1872年 (明治5年) 3~4月
湯島聖堂内で
国内初の博覧会が開催された。

同5月同地に
博覧会の資料を公開する
「文部省博物館」
が設置される。

1877年 (明治10年) 1月 
上野に新館が竣工し、
教育博物館に改称された。

その後、
東京博物館
東京教育博物館
東京科学博物館
などの改称を経て

1949年 (昭和24年) 6月
国立科学博物館となり
現在に至る。


一時帰国と出土品の持ち帰り

1877年 (明治10年) 11月初頭
 一時帰国した。

その際
東京大学と外務省の了解を得て
大森貝塚の出土品
重複分を持ち帰り
アメリカの博物館や大学に
寄付した。


再来日

1878年 (明治11年) 4月下旬
家族を連れて2度目の来日をする。


大森村にて発見せし前世界古器物

1878年 (明治11年) 6月30日 
浅草井生村楼において
500人余りの聴衆の前で
『大森村にて発見せし前世界古器物』
をテーマにした公開講演を行う。

この講演において
大森貝塚が
『新石器時代』
に属することを述べた。


"Shell Mounds of Omori"の刊行

1879年 (明治12年) 7月
大森貝塚の詳報を出版した。


大森貝墟の建立(Relic of Omori Shell Mound Discovered)

モースの没後功績を称え、
1930年 (昭和5年) 4月
この地に建立された。
高さは約2m。

エドワード・S・モース教授によって
発見された大森貝塚跡と刻まれている。

写真:大森貝墟の碑(NTTデータ大森山王ビル)
撮影:かえる11号

国の史跡指定

1955年 (昭和30年) 3月24日 
大森貝塚は
国の史跡に指定された。


重要文化財指定

1975年 (昭和50年)  6月12日
モースが発掘したすべての出土品が
国の重要文化財に指定された。

国立大学法人東京大学総合研究博物館
保管されている。


日本考古学発祥の地

大森貝塚が発見されてから
100年を記念して
1979年 (昭和54年) 12月
JR大森駅ホームに
「日本考古学発祥の地」碑
が建立された。

写真:日本考古学発祥の地碑
撮影:かえる11号

史跡大森貝塚

建立された大森貝墟碑は、
周辺の土地利用の変化を経て、
1977年 (昭和52年) 10月
大森貝塚発掘100年を記念して
当時の日本電信電話公社により
説明板が設置された。

現在はNTTデータ大森山王ビルの
敷地内に位置している。

写真:史跡大森貝塚にある大森貝墟碑の説明板
(NTTデータ大森山王ビル)
撮影:かえる11号

博物館提携

1984年 (昭和59年) 6月23日
大田区立郷土博物館

アメリカ・マサチューセッツ州
セーラム市にある
ピーボディー博物館
(現ピーボディー・エセックス博物館)
が姉妹館提携した。

※セーラム市について
 Wikipediaでは
 「セイラム市」
 となっているが、
 出典に準拠し
 「セーラム市」
 と表記する。


姉妹都市提携

1991年 (平成3年) 11月18日
大田区

セーラム市

姉妹都市を提携
調印した。


発見者論争 モースとシーボルトの息子

大森貝塚の発掘には、
モースのほかに
ハインリヒ・フォン・シーボルト
(俗称・小シーボルト)

が関わっていた。
彼は考古学に通じていたが、
本業は外交官(通訳官)で
来日していた。

ハインリヒは
1878年 (明治11年) 1月に
自身も発掘に関与したと考えていたため
発見を主張する記事を発表し、
モースは激しく反発した。

このため、
両者は “第一発見者”
をめぐって論争
となった。

ハインリヒは、
1878年 (明治11年) 7月20日付の報告で、
自ら大森貝塚を調査した可能性
を示しており、
モースより先に
発掘していたとの説が生まれた。

最終的には、
モースが
1879年 (明治12年) に
詳報を出版したこと、
またハインリヒの
外交官としての職務が多忙になり
考古学研究から
離れたこともあって、
大森貝塚の研究は
モースの業績として定着
した。

なお、
日本で「考古学」という語を
最初に用いたのは、
ハインリヒの著書 『考古説略』 である。


発掘地点をめぐる論争

モースが発掘場所を
詳細に記録しなかったため、
大森貝塚の初期発掘地点は
長く
品川区説」
大田区説」
併存していた。

しかし、
1984年 (昭和59年) までの調査で、
東京府が
大井村字鹿島谷(現・品川区大井6丁目)
の土地所有者へ
調査補償金を支払った文書が確認された。

貝塚碑(品川区側)周辺で
貝層が再確認された。

大森貝墟碑(大田区側)では
貝層が確認されなかった。

ことから、
モースが実際に発掘したのは
品川区側であったことが確定した。

なお、両地点は
約300メートルしか離れていない。


新大田区百景

この場所は
大森地区 No.10‐12
「大森貝塚」
として
新大田区百景に
登録されている。

絵:大森貝塚
斉藤 和子 氏作
新大田区百景 (大森地区 No.10‐12)
出典:大田区役所

最後に

モースは
来日の翌日
大森貝塚を発見している。

その偶然とも必然ともいえる発見は、
日本考古学史の幕開けとなった。

もし、
大森駅が
モース来日より後だったら
発見できたのだろうか?

もしかしたら
大森貝塚の発見史は
現在とは違う形で
語られていたのかもしれない。

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大田区記憶の日
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これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1. Wikipedia『エドワード・S・モース』
 2. Wikipedia『大森貝塚』
 3. Wikipedia『セイラム (マサチューセッツ州)』
 4.『大田区政五十年史』年表・資料・索引

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