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大田区 初の区長選挙 (大田区)【4月5日 今日は何の日】#288

※本記事は
 Otapedia公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
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1947年 (昭和22年) 4月5日

大田区誕生から
1か月経たないこの日に
初の区長公選が
都長官(都知事)選と
同時に行われた。

※同年5月3日より
 都知事という表現が
 使われるようになった。
 その時都長官に
 当選したのは、
 安井誠一郎氏


翌日開票の結果

有権者166,428人の中 
投票総数97,522票
このうち42,426票を獲得した
小沼虎之助氏が当選し、
大田区初の区長に就任した。


小沼虎之助氏

 1899年 (明治32年) ~
 1948年 (昭和23年) 7月9日 
中央区生まれ
東京帝国大学卒

運送業・自動車工場を経て
政治家に転身。

1932年 (昭和7年) 大森町会議員に選出。 
1940年 (昭和15年) 東京府議会議員に選出。 

当選後、
1947年 (昭和22年) 5月26日 
に開催された
第一回区議会定例会において
「戦災復興に渾身の努力を
 傾注すること」
を表明した。

「まことに人間味豊かな
 民衆区長にふさわしい
 滋味きくすべき人柄で
 多数敬愛の的であった」

と評された人物である。

主に、
中学校の設立
6・3制の整備事業など、
戦後の混乱で
用地買収もままならない
状況下において、 
教育の重要性を
区政の柱として掲げた。

1948年 (昭和23年) 7月9日 
区長就任から
わずか1年3か月後
結核のため急逝。
享年49。

小沼虎之助区長 肖像
出典 大田区政五十年史

二代目大田区長

小沼区長急逝により
1948年 (昭和23年) 8月26日 
区長選挙の結果
代田朝義氏が(しろた ともよし)
区長に就任した。

代田朝義氏来歴
1894年 (明治27年) 12月
山梨県北巨摩郡菅原村生まれ 

六郷町町長
六郷信用組合組合長
蒲田富士館代表
東京府議会議員
城南信用金庫初代理事長。


最後に

Otapediaは
大田区の夜明けに
区政に尽力をされた
小沼虎之助氏を
「大田区無名の偉人」
として
大田区 
初の区長選挙が行われた
4月5日を
「大田区記憶の日」
として登録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動 
私たちは 
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す
営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。

これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。

出典
 1.『大田区政五十年史』
 2.『消えた映画館の記憶』
 3.『城南信用金庫』DISCLOSURE
ヘッダー
 4.『わがまち新井宿』第68号 平成28年4月1日発行
   旧大田区役所(中央)庁舎

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