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大森海苔之道 (Omori Seaweed Road) Part3 諏訪の人々が築いた海苔養殖の基盤 (大森東・糀谷) #18


【諏訪から大森へ -
 冬の農閑期から生まれた作間稼ぎの旅路】

江戸後期、
1804年 (文化初年) 前後、
信濃国諏訪の人々は、
冬季の農閑期に収入を得るため
『作間稼ぎ』として
海苔の採れる時期の
旧暦の12月から2月までの
3ヵ月 (現在の12月上旬~3月下旬) の間、
関東地方へ出稼ぎにやってきました。

出向いた先は、
品川や大森の乾海苔仲買商で、
節季奉公
(一定の期間契約を結んで奉公すること)
に就きました。

寒さに馴れ、
忍耐強く真面目な
諏訪の若者たちは、
温かく迎え入れられました。


【文化年間の革新 -
 諏訪の若者が切り拓いた海苔流通の新時代】

その後、
文化年間になると、
品川・大森の海苔産地が
大繁忙となり、
こうして諏訪の若者たちは
着実に定着していきました。

年々彼らの数は増加し、
現場で経験を積んだ者の中には、
単なる奉公人に留まらず独立し、
自ら海苔を売り歩く
「振売 (呼売) →
 すなわち現代で言えば
 移動販売のようなもの」に
転じる者も現れました。

こうして
諏訪の人々は海苔養殖において
なくてはならないものとなりました。


【乱れる現場から生まれた結束 -
 出稼ぎ者の反省と組合結成の軌跡】

しかし、
人数が増えるにつれて、
必ずしも全ての者が優秀であるとはいえず、
独善的利己的で
協調性に欠ける

不心得な者
混じるようになりました。

これにより、
一部の出稼ぎ者の行動が
評判を落とす事件が相次ぎ、
同郷の志ある者たちは憂慮しました。

結果、
互いに戒めあい、
助け合うために
組合を結成するという
動きが生まれたのです。


【御湯花講の誕生 -
 明神信仰に支えられた海苔仲間の信用改革】

その結果、
1860年 (文久元年) 6月
明神信仰の下で、
諏訪中の全江戸売や旅商人を対象として、
乾海苔行商人の信用維持を目的に
「海苔仲間・御湯花講 (おゆはなこう)」
発足されました。

御湯花講は、
諏訪明神の御威光に依拠し、
「商売の不義理」を
厳格に取り締まる
規則を定めたことで
講員の信用を着実に守り、
後に講員からは、
乾海苔問屋として
独立・成功する者も
数多く輩出されました。


【諏訪の人々が築いた海苔商人としての基盤】

幕末維新を経て
現代に至るまで、
諏訪海苔商人の発展の礎は、
この時期に確立されたと
言えるでしょう。

また、
彼らは次第に、
江戸市中のみならず、
関八州の街道筋へと商売の輪を広げ、
後に
「江戸売」「旅商人」「旅師」
称されるまでに発展しました。


【博打草と天流水舎 -
 運命を賭けた海苔への祈り】

海苔養殖については、
収穫方法も確立しておらず、
天候や海の状況に大きく左右され、
一か八かの
運任せの面が強かったことから
「博打草」「運ぐさ」などと
呼ばれていました。

そうした中、
諏訪の出稼ぎの人々は、
信仰する故郷諏訪大社
天流水舎」を持参し、
収穫を祈願する風習を
根付かせました。

これが、
不確実な漁業環境の中での
精神的支えとなったのです。

・天流水舎とは
『俗にお天水と稱 (称) される。
どんな晴天の日でも、
雫が三滴は屋根上の穴から
降り落ちると云われ、
諏訪七不思議の一つに数えられている。

旱天の折りには
このお水を青竹に頂いて持ち帰り、
雨乞いの祭りをすると
必ず雨が降ると云い伝えられる。』
(諏訪大社案内板のまま)

出典 諏訪の魅力を探る。まほろば諏訪圏

【諏訪の人々が支えた知恵・技・商魂
 - 長野の名が示す伝統】

彼らがもたらした
技術や商売のノウハウ
また文化は、
地域の海苔産業の発展に
大きく寄与し、
その影響は現在でも
長野に由来する名前
屋号として
数多く残っていることからもわかります。

御湯花講創立百二十年献碑 @諏訪大社
出典 諏訪の魅力を探る。まほろば諏訪圏
御手水舎寄贈の沿革碑 @諏訪大社
出典 諏訪の魅力を探る。まほろば諏訪圏

出典
 1.諏訪の魅力を探る まほろば諏訪圏
 2.聞き書き 最後の海苔漁師たち
 3.働いてきた女性たち おおた女性史をつくる会
 4.海苔の歴史 上巻 宮下章著 海路書院
 5.大森町政提要 1927
 6.大森漁業史
写真
 諏訪の魅力を探る。まほろば諏訪圏
ヘッダー写真
 戦後 海苔網の漁場 (大森 海苔のふるさと館 提供)
 戦後 海苔網の海苔とり (東京都島しょ農林水産総合センター所蔵) 
 戦後 海苔洗い 大森 海苔のふるさと館 提供
 昭和38年1月1日 海苔乾し (大森 海苔のふるさと館 提供)

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