大森海苔之道 (Omori Seaweed Road) Final 新たな海域への挑戦と伝統の継承 (大森東・糀谷) #21
【畑違いの船への乗り換え】
海苔養殖を放棄した者たちは
多額の補償金を手にしました。
中でも
大森の者たちが手にした額は、
1軒1,200万円でした。
新たな地から
海苔を取り寄せ商店をする者、
干場を利用して
アパート経営をする者、
すべて使い切ってしまう者、
様々なものがいました。
その中で
有志が集まって「金融業 (銀行)」を
始める者たちがいました。
こうして、
1965年 (昭和40年) 9月
東京沿海信用組合を
設立しました。

(東京沿海信用組合) 沿革
出典 金融庁HP
その後、
富士信用組合→東京富士信用組合と
名前を変え、
海苔養殖を思わせるように、
東京湾一帯に8店舗にまで拡大。
2002年 (平成14年) 6月に、
37年続いた店舗を、
事業譲渡することとなったが、
彼らの挑戦精神に宿る魂は、
新たな世界でも花開いた。
最初に開業した店舗は
共立信用組合 大森支店
(大森東4‐19‐6) として
今も業務が行われています。

海苔漁師たちの新たな挑戦が
ここから始まった
【海苔の日 (2月6日)】 伝統を語り継ぐ日
この記念日は、
1966年 (昭和41年) に
全国海苔貝類漁業協同組合連合会が
定めたものです。
その由来は、
日本最古の成文法典「大宝律令」において
海苔が租税として
定められていたことにあります。
律令が施行された
大宝2年1月1日
(西暦702年2月6日) にちなみ、
この日を「海苔の日」と定め、
業界団体や地元住民による
各種イベントや啓発活動の中心として
広く認識されています。
【海苔養殖という遺産とその息吹】
海苔養殖業の終焉を迎えた後も、
地域にはかつての栄光と
伝統の余韻が色濃く残り、
未来への新たな息吹が
感じられるようになりました。
過去の激動の中で
培われた知恵や技術、
そして地域住民の努力は、
単に失われただけではなく、
現代の再生と挑戦へと繋がる
大切な資産となっています。
【後の世に継承する海苔文化】
地元住民は
文化保存に熱意を傾ける団体が、
旧来の海苔養殖の技術や
歴史的資料を再評価し、
その遺産を後世に伝えるため、
2008年 (平成20年) 4月
大森 海苔のふるさと館を開館。
当時使用されていた
道具や記録が、
数多く展示され、
かつて地域を支えた伝統が
丹念に語り継がれています。

【伝統が育む未来 ー 海苔文化の新たな挑戦】
かつての海苔養殖が刻んだ
歴史的景観を活かしながら、
地元資源を基盤とする
新産業への挑戦が進められています。
こうした取り組みは、
単なる回顧にとどまらず、
地域の未来を
切り拓くための原動力として、
失われた伝統が
新たな革新の糧となることを
示しています。
このように、
さまざまな困難を乗り越えた過去は、
再生への希望の火種となり、
今日の新たな挑戦と革新へと
つながっているのです。
今後も、
歴史と現代が交錯するこの地域で、
新たな夢と可能性が
育まれていくことが期待されます。
【大森漁業の今】
現在大田区には、
大田漁業協同組合が存在しますが、
漁港はありません。
また
大森本場乾海苔問屋協同組合加盟店は
現在49店となっています
最後に
Otapediaは
大森海苔漁業の始祖として
「野口六郎左衛門」を
大森の海苔養殖を支えた
諏訪の若者たちを
「大田区裏名誉区民」
大森の海苔養殖を
「大田区無名の産業」
諏訪の若者たちが
農閑期に行った
『作間稼ぎ』(出稼ぎ) を
商売の不義理を
させないために結成された
「御湯花講」を
豊漁を願う
精神的な支えとなった
「天流水舎」を
「大田区未顕彰の地域遺産」
として登録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

編集後記
かなりモリモリに
なってしまいましたが、
Part1 の史跡めぐりはおススメです。
出典
1.大森 海苔のふるさと館
2.Wikipedia 大森本場乾海苔問屋協同組合
3.聞き書き 最後の海苔漁師たち
4.働いてきた女性たち おおた女性史をつくる会
5.大森海苔問屋街
6.海苔のあゆみ
7.大森漁業史
8.金融庁
ヘッダー写真
戦後 海苔網の漁場 (大森 海苔のふるさと館 提供)
戦後 海苔網の海苔とり (東京都島しょ農林水産総合センター所蔵)
戦後 海苔洗い 大森 海苔のふるさと館 提供
昭和38年1月1日 海苔乾し (大森 海苔のふるさと館 提供)
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