【いったん完結】辛かった気管挿管#5セカンドオピニオンで状況が一変!!
生後1か月で呼吸不全となり、出産した大学病院に再入院となった息子の話です。
気管挿管されて人工呼吸器に繋がれた息子は、手術(気管切開)をすることになりました。
私が小児病院のM先生(呼吸器内科医)にセカンドオピニオンを受けに行くまでの話はこちらです! ↓↓↓
■セカンドオピニオンで状況が一変
「りらさん、M先生からすぐ来てくださいと言われています」
セカンドオピニオンの問い合わせをした最初の時点で、担当窓口の方は、私の話をM先生に伝えてくれていました。
M先生は私が来院の意思を固めたら、すぐ話を聞いてくれるつもりでいてくれました。
これは大変有難いことです。
「向こうがこちらを待っていてくれている!」
そう思うだけで、ジーンときました。
M先生にセカンドオピニオンを受ける日。
大学病院で気管切開手術をする日は、あと10日後に迫っていました。
私は子供が入院している大学病院から、診療情報提供書とレントゲン写真を持参しました。
それから、挿管されて人工呼吸器に繋がれている子供のスナップ写真も一緒にM先生へ渡しました。
M先生は書類にひととおり目を通すと、
「NICUを退院して生後1か月たってから急に呼吸状態が悪化するというのは、喉頭軟化症では考えにくい」
と言いました。そして、続けました。
「喉頭軟化症ではなくて、舌根のう胞ではないか」
「ん?? ぜっこんのうほう?」
初めて聞く病名でした。
舌根のう胞とは「舌の付け根に発生する『のう胞』」です。
簡単に言うと、舌の奥にあるできものです。
乳児や子供に多く、この「できもの=のう胞」が呼吸や嚥下に影響します。
ただ「乳児や子供に多い」といっても、喉頭軟化症とは異なり、舌根のう胞は珍しい症例です。
M先生は、私に言いました。
「喉頭軟化症のような症状が出ているのは、のう胞が気管を圧迫しているためではないか」
「舌根のう胞であれば、のう胞を切除さえすれば呼吸不全は解消する。気管切開の必要はなくなる」
「CTを撮って確認した方が良い。そのように手紙の返事を書くから、入院先に持って行ってください」
M先生の一つ一つの言葉が、まさしく「神の言葉」のようでした。
実際に子供を診ていないのに、持参した書類だけでここまで言えるのは、さすがの経験値なのだと思います。
通常、セカンドオピニオンというと、治療方法の選択についてアドバイスをもらうケースが多いはず。
しかし、今回の私の場合、根本的な病名が違っているのではないかという指摘となったのです。
■大学病院に戻ったら、既にCTを撮っていた!
M先生が書いてくれた返書を受け取った私は、一目散に子供の入院している大学病院へ戻りました。
が、集中治療室へ行くと、ベッドに子供の姿がありません。
どこに行ったのかと思っていると、
「りらさん、お子さん今、CT撮っているので、CT室に行ってください」
と声がかかりました。
「早い! もうCT撮ってるの!?」
M先生が、セカンドオピニオンの結果を直接、子供の主治医に電話で伝えてくれていたのです!
直接、Dr to Drで話をしてくれたため、私が大学病院に戻った時には、全てが動き始めていました。
医局が異なる大学病院に対し、わざわざ電話連絡してCT撮影のアドバイスをするなど、あまりないことだと病院勤務の私は思います。
M先生の「一刻も早く子供を救ってあげたい」という熱意を感じ、感動しました。
CT撮影が終わり、子供の主治医から説明がありました。
「CT撮影の結果、のう胞とみられるものが見つかりました。これまでのレントゲンや喉頭ファイバーでは確認できなかったものです。」
「舌根のう胞の可能性が高いです。舌根のう胞であれば、気管切開ではなく、のう胞を切除する手術が必要となります」
「この大学病院では、のう胞切除術は行っていません。セカンドオピニオンを受けられた小児病院さんが対応してくれるそうです。転院となりますが、よろしいでしょうか?」
■そして転院へ
そして数日後、子供と私は大学病院の救急車に乗り込み、M先生の待つ小児病院へ転院しました。
救急車には、挿管している子供の管が外れないように、大学病院の先生が同乗してくれ、道中ずっと、子供の口から出ている管を押さえ続けてくれました。
子供が気管挿管されてから、3週間が経とうとしていました。
この3週間、「辛い」「可哀想」とばかり思い続けていましたが、「手術すれば治る」という希望が見えてきました。
対処療法しかできなかった中、正式な診断が下り、治療方法が明確になり、どんなに救われたか分かりません。
私は救急車の中で、子供に声をかけ続けました。
「りーくん、生きるよ! 守るからね!」
ちなみに、この時の癖で、私は今でも、
「りーくん、守るよ!!」
と言い続けてます。
2日に1日は言っています(笑)
仕事から帰宅する途中、自転車を漕ぎながら独り言のように言うことが多いです(笑笑)
我が子の危機を乗り越え、あの時の辛さを乗り越えた自分だから、頑張れ! と、自分に気合いを入れるイメージです。
サイレンを鳴らし続けて1時間半ほど、救急車は無事に小児病院へ到着しました。
何と正面入口にM先生が待っていてくれました!
この病院にお願いすれば大丈夫だと確信しました。
「挿管されている息子を見ていて辛かった」という大学病院での話は、一旦これで終わりです。
小児病院に転院してからの手術から抜管までは、また別のお話として書かせていただけれと思います。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
