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【短編小説】ファミチキの件

17時30分、ファミリーマート前。
夕食にはまだ早いこの時間帯に、ファミチキ片手に佇む二人の男子高校生。
宇崎と岡田。
三月のぬるい風が心地よい者と不快な者。

東大に受かった者と受からなかった者。

岡田の視線に宿る嫉妬の感情は、鈍感な宇崎には届かない。合格発表が終わってから、岡田はことあるごとにマウンティングを繰り返してきたが、宇崎はそれに気付かない。「へぇー、すごいね!」と穢れなき眼でこちらを見つめるので、岡田は居心地が悪くなって口を尖らせる。
しかし岡田は気付いている。宇崎に勝てるものは何一つとして無いと。
岡田は「東大卒」という学歴に集まる「金」と「女」に目が眩んだだけであって、宇崎の言う「量子論」なんてものにはまるで興味がない。宇崎は大学で研究をするために、岡田は大学で遊ぶために東大を目指した。動機の時点で負けていたんだ、と内心思うのである。

「岡田はさ、結局どこ行くの。」
宇崎がミルクティーを呷って聞く。
「二次募集で教育大。私立に行く金はない。」
岡田は顔をしかめながらノンシュガーのマウントレーニアを飲んでいる。
「もう一年勉強して東大に行くとかは?」
「行かない。」
岡田が食い気味に答える。

岡田は東大に行かない。
浪人して東大に行くのは、宇崎の後を追うみたいで嫌だった。
いつだって、宇崎は岡田の後ろにいた。
小学生5年生の時、同じシャープペンシルを使っている宇崎になんとなく話しかけた。地味なやつだな、と岡田は思った。友達のいない宇崎を憐れんだ岡田は、手を差し伸べるようにサッカーのクラブチームに招き入れた。岡田もさして友達はいなかった。
宇崎は岡田と同じ塾を選び、同じ高校を受験した。岡田が「東大に行く」と言えば、宇崎も「じゃあ僕も東大にする」と言った。岡田の行く場所に宇崎はひょろひょろと着いてきた。
だけど本当は、着いていくのに精一杯だったのは岡田の方だった。県内一の進学校に合格した宇崎と岡田。しかし岡田はギリギリだった。一方、宇崎はトップの成績で合格し、入学式で新入生代表の挨拶を担当した。宇崎の抑揚のないスピーチを聞いて、岡田は思うのであった。

(アイツ、もしやスゴいのでは。)

学力も、サッカーの上手さも、彼女ができるスピードも。
気付けば岡田は宇崎に追い抜かれていた。
いや、そもそも宇崎は初めからはるか先を行っていたのではないか、と岡田は思う。
あの時、出席番号順の座席で宇崎の背中を叩いた時から、後ろにいたのは自分の方じゃないか、と思うのであった。

「じゃあ東大行かない。」
宇崎が出し抜けに言う。
岡田のストローがズズッと鳴る。
「岡田いないと楽しくないし。」
「は?」
岡田はレジ袋からファミチキを取り出す。
「やりたい研究、別のところでもできるし。」
宇崎もファミチキを取り出す。
「意味分かんね。」

長い沈黙。二人の間にここまで気まずい空気が流れたのは初めてのことである。
向かい側の道路で、小学生が泥の混じった雪玉を投げ合っている。

ファミチキの温もりを手で感じながら、宇崎が言う。
「卒業旅行行かない? ちょっと遅いけど。」
「どこ。」
「沖縄。」
「そんな金ねぇよ。」
「うちの親が出してくれるって。」
宇崎の親は開業医である。
岡田は宇崎の実家の太さを思い出して、先ほどの「東大に行かない」宣言が思いの外現実味を帯びていることに気がつく。極度の放任主義である宇崎家は、「東大の入学を辞退する」なんて愚行も許してしまうだろう。
そして無意識に金持ちマウントを取られていたことに、岡田は徐々に苛立ちを覚え始める。

宇崎がファミチキを両手で持ち、丁寧にテープを剥がす。そして折り畳まれていた袋の開け口からチキンを手で取り出し、齧り付く。
それを岡田は凝視。凝視している。
宇崎は気にせず、食べ進める。

「あのさ。」
岡田が口を開く。
「ファミチキのキリトリ線知らないの?」
宇崎は首を傾げる。
「知らない。」
「え? 知らないの?!」
岡田は過剰に驚いてみせる。
「袋の真ん中にキリトリ線があるんだよ。それに沿って裂くと、チキンが半分だけ出ている状態になって食べやすい。」
得意気に語る岡田。
「へー。知らなかった。」
「これ知らない人いるんだ。」
微笑する岡田。
宇崎の表情が少しだけ曇る。
「…うん。知らなかった。」
「東大受かっても、身近なことは案外知らないもんなんだね。」
宇崎の眉間に皺が寄る。

「見てて。こうやるんだよ。」
岡田は宇崎の顔を覗き込むようにしてファミチキの袋をゆっくりと裂いていく。
一つ、一つ、と継ぎ目が破れて、中のチキンが少しずつあらわになっていく。
岡田の挑発するような態度。
固唾を呑む宇崎。
袋を半分ほど裂いた時、岡田は袋の上部を掴んだ右手を思い切り振り抜いて…。

「ありがとう。教えてくれて。」
その時、宇崎は笑顔でそう言った。

何かに引っ掛かり止まった岡田の右手。

キリトリ線の上に、「Family Mart」と書かれたテープが貼られていた。

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