森澤勇司編訳(2016)『超訳 世阿弥 道を極める』ディスカヴァー・トゥエンティワン
初心をわすれたときに読んでみよう
世阿弥というと歴史の教科書に登場したことくらいしか記憶になくて、これまで全く関心がありませんでした。このエッセンシャルのシリーズがなかったら、わたしとは全く無縁であったかも… それだけこのシリーズは、これまでの自分の奥行きを広げるような、この分量だったら一読してみようと思い読み進めるのには丁度よい本でもあります。今回もkindle unlimitedを利用してみました。
世阿弥を知らなくても「初心忘るべからず」って、なぜ知っているのか不思議ですが、聞いたことがありますね。この格言の主が世阿弥だそうです。過去に上手く行かなかったことが、のちの成功の要因になるようで、人間は不思議とうまくいったことは忘れてしまうけど、妙に昔の上手く行かなかった経験や失敗談は想い出としても強烈に残っているものです。
世阿弥は、その時しか感じられない感覚を「時々の初心」といい、「時々の初心忘るべからず」と称したそうです。そして歳をとっても「老後の初心忘るべからず」的に「今」を大切にされたとか。
考えいったのは「名人の技を安易に真似てはいけない」という部分で、アレンジというものは基礎を身につけた上で行うからこそ面白く、基礎を持たないものがそれだけを学んでも、害にしかならないとスパッと切って見せる。キャリアに見合わないテクニックやレパートリーが多いと、周りからは有能と思われやすいが、年を重ねれば、それらが多いだけでは良い評価はえられないと解き、だからこそ長く活躍するためには、つまらなくても基礎に重点を置き稽古に励み、実績ができてから相応のテクニックを加えていくのが大事と諭す。確かに納得である。
人の成長には「序」「破」「急」の3つの段階があるそうで、世阿弥がいた時代でも物事を基礎の基礎から始めるものが減ったという。人間というのはいつの世も考えていることはおなじようで面白い。また本質がわからないうちに表面的な結果だけを作ろうとすれば、その基礎のない動きが身についてしまい、これは本質ではないと説く。こうしたことを「道もなく筋もなき能」というらしい。
それでも版に受け入れられるなどということはあり得ないとし、批判には見・聞・心の3つがあるとのこと。「心が演じる偶発的な隙間をつくる」という動作と動作の隙間を「せぬひま」というらしいが、この部分の解説は素晴らしい。ぜひ本書を読んで感じ取ってほしい。
この本は世阿弥の考え方を通して、自分の生き方を考えてみることで、大きな気づきが得られる。自分が成長するためのエッセンスを感じ取れると、この本を十分に読んだことになるのだろう。読後に何故か姿勢をただしている自分に気がついてしまった。すごいぞ世阿弥。
