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【Day7】その発信、全員に向けて書いていませんか

おもてなしという、和食の考え方があります。

同じ料理でも、誰に出すかで、中身を少し変えます。

苦手な食材があれば、外します。

歯が弱ければ、やわらかく炊きます。

これは、気持ちの話ではありません。

その人に合わせて、出すものを具体的に変えることです。

文章にも、同じことが起きます。

AIは、誰にでも届く文章を、いくらでも出してくれます。

ただ、その文章に宛先はありません。

今日はその「宛先」と、発信の話をします。

手がかりにするのは、心理学の「自己関連付け効果」を一つだけです。

全員に向けた言葉は、全員の頭の上を通り過ぎる

僕も、長いあいだここを間違えていました。

Xを始めた頃、30万インプレッションのバズが出たことがあります。

東京ドーム6個分くらいの人に、見られた計算です。

これで一気にフォロワーが増えると思いました。

でも、増えたのは19人だけでした。

たくさんの人に届いたのに、誰の心にも残らなかったんです。

バズと信頼は、別物でした。

あのときの言葉は、誰に向けたものでもありませんでした。

みんなに役立つことを書いたつもりが、いつのまにか誰の話でもなくなっていました。

AIが量産する文章も、これと同じです。

きれいで、正しくて、誰にでも当てはまる。

当てはまるけれど、自分の話だとは思えません。

だから、読んだそばから流れていきます。

僕が毎日作っている料理に、宛先はありません

僕の職場は、福祉施設の厨房です。

そこで毎日、大量の食事を、一気に作っています。

正直に言うと、その料理を作っているとき、食べる人のことは考えていません。

決められた献立を、決められた量だけ、淡々と作っていきます。

個別対応の食事も、特別な気持ちで作るわけではありません。

エビ抜きの指示があれば、エビを入れません。

刻みの指示があれば、刻みます。

ただ、それだけです。

材料が少し違うだけで、やっていることは全員分とまったく同じです。

そこに「この人のために」という気持ちは、正直、ありません。

作ったものがどうなったかも、僕は知りません。

下げられた食器はまとめて戻ってきて、残したものは、もう残飯入れの中です。

誰が食べて、誰が残したのかも、分かりません。

僕がやっているのは、誰の顔も浮かべないまま、全員に向けて作り続けることです。

それが悪いわけではありません。

大量に作る現場は、そういうものです。

ただ、これは自分の発信と同じだなと、ふと思ったんです。

「これは自分のことだ」と感じた瞬間、言葉は残る

前回のDay6の最後で、こう予告しました。

特定の一人に向ける話を書きます、と。

ただ、正確には少しだけ違います。

人は、自分に関係のある情報ほど、よく覚えています。

同じ一言でも、「これは自分のことだ」と感じた瞬間に、残り方が変わります。

これは、心理学の研究でも確かめられている性質です。

ここで、多くの人がこう考えます。

じゃあ、たった一人を名指しで書けばいいのか、と。

僕も最初はそう思いました。でも、これが落とし穴でした。

たとえば「残業で22時に帰る人へ」と書いた瞬間、どうなるか。

子育てで疲れた人も、もう現場を離れた人も、自分には関係ないと感じて、離れていきます。

名指しは、宛先を作るどころか、人を締め出してしまうんです。

ここで、さっきのおもてなしを思い出してください。

苦手な食材を外した一皿は、その人にぴったり宛てた料理です。

でも、そこに特別な気持ちが乗っているわけではありません。

「エビを入れない」という、具体的な一点があるだけです。

宛先は、気持ちからではなく、具体から生まれます。

ここが、AIとの分かれ目です。

AIは、誰にでも向けた平均的な文章を出せます。

でも、自分にしか出せない具体的な一場面は、持っていません。

帰宅後15分でできる、自分宛だと思わせる書き方

やることは、3つだけです。

①相手を、名指さない

「○○な人へ」という宛名を、つけません。

宛名は、当てはまらない人を締め出してしまいます。

②自分の現場の、具体的な一場面を見せる

抽象的な教訓ではなく、自分が実際に見て、触れて、失敗した一場面を、一つだけ出します。

③その奥にある気持ちは、広く残す

場面は尖らせても、その奥の感情は、多くの人に共通するものにしておきます。

これは、僕自身の投稿で証明済みです。

一番伸びたのは、炊飯器でスペアリブを作る、という話でした。

18万回見られましたが、こういう人に向けてとは一言も書いていません。

ただ、炊飯器とコーラとスペアリブという、具体的な一場面を見せただけです。

だから、子育て中の人にも、定年後の人にも、刺さる人にはちゃんと刺さりました。

絞ったのは、相手ではありません。

絞ったのは、見せる場面の解像度です。

相手は、広いままで大丈夫です。

この「具体的な一場面の見せ方」を、もう一歩深く仕込みたい人へ。

帰宅後15分、現場の記憶を一場面だけ文章に変える手順を、有料のnoteにまとめてあります。

→(帰宅後15分AI文章仕込み術 へのリンク)

7日間、ぜんぶ同じ話でした

ここまでの7日を、ひと息で振り返ります。

出汁では、自分にしか出せない一次体験を扱いました。

旬では、今このタイミングで書く理由を考えました。

引き算では、削って一つの軸を立てる話をしました。

間では、全部説明せず余白を残す話をしました。

発酵では、手をかけた時間が文章に出るという話をしました。

一汁三菜では、並びに意味を持たせる話をしました。

そして今日、おもてなしで、宛先の話をしました。

7つ、ぜんぶ同じことを言っていました。

「○○の素」を振りかけて終わりにするな、ということです。

あの素は、丸投げの味です。

誰の味でもありません。

AIは、型ならいくらでも出してくれます。

でも、宛先と体温は、自分の現場からしか出てきません。

そして体温とは、書くときの気持ちのことではありません。

自分にしか書けない、具体のことです。

最後に、ひとつだけ問いかけて終わります。

その発信、誰に向けたものでもない=シーズニング(AI)任せに、なっていませんか。

これで、7日間のシリーズが完結します。

出汁からおもてなしまで、7本と入口の記事は、マガジンにまとめてあります。

順番に読み返すと、自分の発信のどこがAI任せだったか、見えてくるはずです。

このシリーズでは、調理師歴15年の経験をもとに、和食の技法とAIっぽさの正体を重ねて書いています。

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