ヒューマンドラマ小説|サンクチュアリが見えたら(27)|母親の条件
【この小説は1頁につき、おおよそ3分で読めます】
マガジンTOP
前ページ
田舎の古民家シェアハウス『サンクチュアリ』。
住人は老若男女6人と猫が一匹。
住人の一人、雨宮茉莉花は40代シングルマザー。小学生の男の子が一人いる。茉莉花は、ある日サンクチュアリへの帰宅途中で男性と揉めていた50代の元モデルの女性、夏見紫をサンクチュアリに誘う。
茉莉花もまた、そうしてサンクチュアリに迎えられた一人だった——
茉莉花をサンクチュアリに誘った野路菊さくらは、過去に不倫経験のある70代女性。その他、神野宗四郎は30代の同性愛者の男性、木南悠はお金のない現役大学生。
仕事、恋愛、家族——
これは、それぞれがそれぞれに、生き方に悩みながらも、少しずつその答えを見つけていく物語。
【この小説は途中から有料になります】
(1)はこちら
母親の条件
「そうそう。葉にとっては茉莉花が笑ってるのが一番。だから無理しなくていいの。困ったことがあったら、サンクチュアリのみんなと一緒に、私も解決策を考えるから。愚痴でも何でもどんと来いよ」
紫が言って、胸を張る。「茉莉花が笑っててくれないと、ご飯もしょっぱくなっちゃうじゃない」と紫はまた笑った。
紫の笑顔につられて、茉莉花もまた笑う。そうそう、そうして笑っていて、と紫は思った。母親の笑顔が、子どもには何よりの喜びであり、癒しなのだから——
いつの間にか、梅干しの酸っぱさは消えていた。白ご飯の後味が、口中に甘く残る。柔らかな余韻の中、紫はふと、他の住人が全然居間に下りてこないことに気がついた。
「そういえば、他のみんなは?」と紫が言う。
「宗四郎は志麻さんの病院。悠は今日、授業がないらしくて部屋に。さくらさんはご近所のさんのところだそうです」と茉莉花は言った。
「そう——え? 志麻さん、どうかしたの?」
つい聞き流しかけて、でも聞き流せない言葉に引っかかった。紫は、確かに猫は苦手だ。でも嫌いな訳ではない。志麻さんも、きちんとこのサンクチュアリの住人の一員だと思っている。
「ああ。いえ。ワクチンです。猫の予防接種。あの子は特に、外にも出るので」

「なるほど。驚いた。志麻さん、どこか悪いのかと」
「そうですよね。紛らわしい言い方してごめんなさい」
「ああ、ううん。謝るようなことじゃないわ。私が勝手に驚いただけ」
紫は言いながら、空っぽになったお膳に「ご馳走様でした」と箸を置いた。
「志麻さん、今年で13歳になるらしいんですけど、病院の先生から、あと10年は大丈夫って太鼓判押されてるんです」
「え、凄い」
「だから、まだまだ病気知らずで元気ですよ。尤も、誰かさんがマメに病院連れて行ってくれるお陰もありますけど」
「誰かさんって、宗四郎?」
「そうです。あいつ、ああ見えて猫馬鹿なんで」
「うん。何かそんな気はした」と紫が笑う。笑いながら、ふと気になることを思い出した。
「あ、ねえ。茉莉花にこんなこと言っていいのか分からないんだけど、私、さくらさんのことで気になってることがあるの」
「気になってること?」と茉莉花が言う。
「うん——あの。さくらさんの身体のことなんだけど。何か聞いてる?」
「そのことですか。実は私も気になっていて。でも、さくらさん本人は、何も言ってくれないんですよね」
「そうなの」
「食後はコーヒーでいいですか?」と茉莉花が言う。
「ああ、ううん。昨日、仕事でお酒飲みすぎたから、今日は胃を労わってお茶にする。茉莉花も飲む? 淹れようか?」
「え、いいんですか? あ、それならいい物がありますよ」
お膳を運びながら台所に回る紫の後を、茉莉花がついてくる。
「これ。この間もらったんです」と茉莉花が紫に見せたのは、紅茶のティーバッグの入った袋だった。見る限り、ただの普通の紅茶に見える。

【1198文字(あらすじ、その他除く本文のみ)】
ここから先は

『サンクチュアリが見えたら』のマガジンです。ほのぼの、ゆるゆる、たまに強く揺れ動く住人たちの心。現在公開部分、全て無料。最終価格未定。
この記事が参加している募集
応援宜しくお願いします∩^ω^∩いただいたチップは、資料購入や取材活動などに使わせていただきます☆★☆
