気付いたら看護師国家試験が終わってた。受かっても落ちてもけもの道。〜焼き魚が食べれなくなった日〜
心揺さぶる物語で、命と向き合う。「医療現場と日常を紡ぐ、心のストーリーテラー」の姫草ユリ子。
⚠️心臓の弱い方は見ないで下さいね。
いつの間にか看護師国家試験が終わっていた。
もう私が受けたのは13年前かー、看護師さんいっぱい入ってきてくれたらいいなぁ、って思ってた。
学生のときに先生たちに「国家試験、落ちたらダダの人」って脅されてきて「いや、別に受かったとて看護師もダダの人じゃない?」って思っていたのだが、大なり小なり総合病院でずっと働いていたらまぁ強くなるよね。鉄人みたくなる。
看護師4年目のときの夜勤での出来事。近くの工場の寮が爆発、火災が起きて爆発した部屋の人が運ばれてくることになった。
救急の当直の人からの電話で言葉は濁していたけど「もう死亡していると思うけど死亡確認は医者にしてもらわなければならないから」みたいなことを言っていた。
恐らくバックドラフトみたいな現象が起きたのだと思う。
その方の部屋のどこかガス漏れしていたのかドアを開けた瞬間爆発してしまったのではないかと。
その方が運ばれてきたときに私は頭の中で学生の時の災害看護の授業で先生が「トリアージで黒を付けるのはやっぱり余程の時で、もう誰がみても明らかに亡くなってるとき。首と胴体が離れてるとか。助かる見込みのないトリアージの黒を付けるのは心情的にもね‥」みたいな講義を思い出していた。
先生、そんな状況があったわ‥。と呆然と思っていた。
トリアージとは、負傷者の緊急度や重症度に応じて治療や搬送の優先順位を決めることである。災害時や大規模な事故現場などで用いられる。
【トリアージの分類】
赤:最優先治療群(重傷群)
黄:待機治療群(中等症群)
緑:保留群(軽傷群)
黒:不処置群(死亡群)
(そういえば映画版の「ジェネラル・ルージュの凱旋」で早く診てほしい緑の札の患者がトリアージタッグを破って黄色にしようとしていたりするシーンがあって芸が細かいな、と思った。)
その日の当直の医者は嫌な奴で有名で、どんな時でも嫌味の1つは言っていくのだが、神妙な面持ちで「家族が来られたら死亡確認するから‥」と言って出て行った。
北海道から働きに来ておられた方で、家族もすぐに来れないからその間に少しでも綺麗にしてあげよう‥とテキパキと処置していた主任は本当に看護師の鑑だ。
私は呆然としていているばかりで、それでも黒いすすの部分を取り除こうとしたら皮膚がベロンと剥がれたりして、その後どうやって引き継ぎして家に帰ったのかもあまり覚えていない。
役立たずだったことは確かだ。
次の日は休みで、母親の勘みたいなものがあったのか母親から電話があった。
昨日の出来事をポツリポツリと話していたら、「じゃあお母さんが夕飯作りに行ってあげる」ってことになったのだが、その日の夕飯はししゃもだった。
いや、好きだけど‥。
「ひどいよ。お母さん。あんなことがあった次の日に焼き魚とか!!」って言いながら自分でも信じられないくらい涙が出てきた。
「ユリちゃん、ししゃも好きだから‥。それに手術室にいたときでも、焼き肉とか全然食べれてたから‥そういうの大丈夫なタイプかと思って‥」
「手術中はどれだけグロくても、それでもこの人は今治療中でこれから良くなるんだって思うから大丈夫なんだよ‼️それと今回のことは全然違う‼️」
せっかく夕食を作りに来てくれた母には申し訳なかった。
母は悪くない。というか誰も何も悪くない。
誰も悪いことしていない。
それでもどうしようもないことが起こる時はある。
2週間くらい仕事は休ませてもらった。
精神科にも通った。
何もする気にはならないし、ただ海に行って海を眺めたりしていた。
ぼーっとしながら、毎日合コンに行くあの先輩もジャニーズの話しかしないあの先輩も下ネタばっかり言ってくるあの先輩も皆こういうことを経験してきているのかな、皆いつも楽しそうだけど‥とか考えていた。
亡くなった青年だってまさか自分があんな目に遭うなんて思っていなかっただろう。北海道から働きに出てきて、なんでこんなことに‥。
仕事終わって帰ってきたらビール飲もうとか考えていたのかな。
家族の方はどれだけ辛い思いをしているのだろうか。
本当、人生って何。
(あの後の事故の詳細は追っていないし、周りも気を使って何も言ってこなかった。)
その日からしばらく経ってベッドサイドテーブルに置いてある本が目に入った。
よしもとばななの「デッドエンドの思い出」
積読してあった本である。
読んでみると、無差別に毒殺されそうになった子とか無理心中させられそうになった子とか「ものすごい理不尽な目に遭った人」たちの短編集だった。
普段のお気楽な私なら感動しなかったと思うが今の自分にはしっくりきた。
人生はどうしようもなく理不尽で、悲しみも辛さも自分で味わい尽くすしかない。
物凄く嫌な目に遭ったとしても、それで他の嫌なことがチャラになる訳でもない。
しかしドン底にいても空の様子、季節毎の風情、周りの人たちがさりげなく自分を見守ってくれているかもしれない。
そしていつかはその出来事を受け入れて俯瞰できる時が来る。
ちなみに焼き魚は最近は食べれるようになった。
以前の自分の記事にも書いたが、私は看護師に憧れてなったのではない。あまり志の高くない看護師だと自覚している。
高校を卒業したらすぐに家を出たくて、女1人でも生きていける職業、或いは働きながら資格、職を得られると考えたら看護師しか思い付かなかったのだ。
奨学金の返済もあるし、辞めるわけにはいかなかった。
逆に小さい頃から看護師になりたくて憧れだった、と言っていた同期たちは皆「辛すぎる」「思っていたのと違う」と3年以内には辞めてしまった。
最初20人いた私の同期は3人しかいない。
あ、「医者と結婚するため看護師になりました。」って子は医者と結婚するまでは頑張って働いてたわ。
ただでさえ不足しているのにこんな記事書いたら看護協会から苦情が来そうだ。
正直言って私が「看護師になって良かった」とつくづく思ったのは一回しかない。
夫が亡くなって遺族年金の少なさに目を剥いたときである。
看護師の給料であれば贅沢しなければ自分1人、飼い猫2人養えて、時々母に仕送りもできる。
なんだかんだいろいろ書いたが看護師の仕事は嫌いではないし、ここまで続けられるのはきっと何か魅力はあるのだろう。
定年退職したときでもいいし、何なら死ぬ前でもいいからそれがわかったらいいな、と思った。
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