妖都・岡京物語 祓い局員ISUZU 第二話 米騒動
餓者髑髏

――夜鷹の語り
人が飢えるときにな…
腹を空かすのは胃袋だけではないぞ。
喉の奥、骨の髄、
声にならぬ祈りまでもが、
虚無に喰われるのじゃぞ…
――
都市岡京の深層。
かつて“飽食”を誇ったこの地に、
静かに、音もなく、
異変が起こりはじめていた。
「米が、消えている」
生産も、輸送も、AIの監視も、
すべて正常。
それなのに、米袋にはぽっかりと穴が開いていた。
一つ、また一つ。
気づけば、民は騒ぎ、役人は逃げ、
言い訳だけが冷たく風に流れた。
そして噂が流れた。
――『餓者髑髏』が、蠢いている、と。
祓い局はこの事態を、
「内密に」片づけようと動いた。
人工阿闍梨 ajari(アジャリ)部隊が、
(彼らは義体化された元祓い師。
火力と速度ではISUZUにも劣らぬ戦闘能力を持つ。)
スラムの最深部、
第十九層へと送り込まれた。
しかし――
――

(ノイズ)
「スラム第十九層、餓者髑髏と接触……(ノイズ)
ajari〈Type-Ω〉、対象にアクセス不能……
祓い……くっ、喰われる……(ノイズ)」
任務は失敗。
手詰まりとなった祓い局が、口をつぐむ中――
誰かが呟いた。
「……あいつに頼むしか、ねぇのかよ」
――
ISUZU。
都市の「転生祓い師」。
その名が再び、呼ばれた。
相棒のビリケンは、すでに電磁双刀を肩に担ぎ、扉の外に待っていた。
「姉貴の出番か。
そいつ……
妖力、相当やべぇって話だぜ?」
彼は伊賀忍者の末裔。
斬って祓うことはできぬが、忍法と剣技で妖を封じることはできる。
今は“殺す”のではなく、
ISUZUの“還す祓い”に力を貸している。
「ビリケン。今、私が信じられるのは――
お前だけだ。
今夜、スラム第十九層へ行く。」
「……了解。俺はあんたの用心棒さ。
任せろ。」
「ただし、今回は“証拠”の回収が任務だ。
……いつもみたいに、何でもぶっ壊すなよ。」
「へいへい。」
――

二人は、スラムの最奥へと降りていった。
排水の異臭。淀んだ湿気。
そして、喰われたような空気の感触――。
やがて現れた、
それは“影”だった。
黒く濁った、質量ある影。
白骨の集合体が、地を這い、蠢いていた。
「……俺が、全部、食っちまったぁ……」
餓者髑髏の咆哮が、空間を裂いた。
「来るッ!」
一瞬で間を詰めてきた餓者髑髏。
大きく開いた口が、ISUZUたちを呑み込もうとする。
速い、
「スカウター、間に合わない!」
素早く、ISUZUは、
電磁レベルガンの、バリア(結界)モードを撃ち出す。
「標的餓者髑髏、バリアレベル:K5」
青い五芒星、発射。
しかし、
構わずISUZUを喰おうとする、髑髏。
その前に立ち塞がるビリケン。

双刀を閃かせ、虚空を断ち、忍術で影を裂く。
だが、餓者髑髏の飢えは、斬っても満たされない。
それでも、わずかな隙が生まれた。
ISUZUは立ち止まり、
銃を担いで、
静かに手を合わせる。
白い光が満ちて、輝き始める。
「……飢えとは、
生きたかったという叫び。
ならば、祓いとは、供養なのだ」
掌から放たれる白い振動が、
骸へと降り注ぐ。
それは、「還す」力。
神の使いの、転生者のみがもつ、力。
影の黒さが薄らいでゆく。
そして、骸が――語り出す。
「食べたかったんじゃねぇ……生きたかったんだよ……それだけなんだ……」
一瞬、ISUZUの瞳が揺らぐ。
しかし、彼女は静かに目を閉じ、
囁いた。
「……わかってる。だから、還す。
飢えの先へ」
祓いの光が頂点に達し、
餓者髑髏は昇華された。
静寂。
残ったのは、
かすかな“米袋の香り”だった。
――
地面に落ちた黒い欠片。
ビリケンが拾い、じっと見つめる。
「……チップだ。文字がある。
なんだこれ……“大蛇”?
おろちか!」
古代の印――
それを見て、ISUZUが低く呟く。
「……出雲、か。」
「米を奪ってたのは、あいつらか?」
「すべてじゃない。
知っている者もいる。
彼らは、“悪”ではない」
その背後に、
"八本杉" の幻影が揺らめく。
ISUZUが前を向いた。
「……斐伊川へ行く。大蛇の首が、まだ眠ってる」
ビリケンが笑って、言う。
「了解、姉貴。忍んで、祓って、還してやろうじゃねぇか」
――
……飢えが語るのは、罪ではないぞ…
それは、誰も聞かなかった
“生きたい”という魂の声だ…
そして今、風が北から吹いている。
出雲の方角からじゃ。
はてさて、鬼が出るか、蛇が出るか…
厄介で、根深い話さあ、
吉備と出雲、
大蛇を倒したのは…
けけけ……
だあれ、
行ってみての、お楽しみだねえ…
〈つづく〉

