十二星座物語(エピソード⑩)
第10番目の土星を守護星とする部屋。ここはこの地球の試練とも言うべき現代社会の荒波の中で、積み重ねられた実績がモノを申す部屋。芸能事務所に勤める制作部の李月(りつき)は、感情やセンスだけで片付けられがちな「お笑い界」という特殊な場所で、日々奮闘する芸人たちに、客観的なデータに基づいた、ロジックな手順で道を開く。公私ともにきっちりしっかりこなす真面目な李月が、努力と諦めない忍耐強さで、手に入れるものとは…?
笑いを編むCapricorn
「オンエア入ります。5秒前…」
李月は、お笑い芸人たちを輩出する芸能事務所「エンヤーコラ・エンターテイメント」の制作部で、お笑いライブのタイムキーパーや舞台裏の動線確保などの進行・管理を担当する、裏方の社員だ。彼女の仕事はいつも完璧だった。1分の狂いもなく舞台を回し、芸人たちのわがままを右から左へ受け流し、冷徹に処理する。周囲からは「必殺仕事人」の愛称で呼ばれるほど、真面目で正確かつ迅速に仕事をこなす、凄腕ワークウーマンだ。
李月の内側には常に、静かな情熱と強烈な渇きがあった。 客席の後ろから舞台に立つ芸人たちを見つめながら、いつも成り上がりのプロデューサーたちを横目に、自分自身の現状に決して満足していなかった。
『時代が彼らを求めている』なんて…。あの人たちはすぐ感覚的な言葉で片付けようとする。でも、あのコンビが売れたのは、直前の出番の芸人が客席の緊張をうまくほぐしたからだ。社会のブームなんて、その瞬間の波長と歯車が噛み合った結果に過ぎない。なぜ誰も、その仕組みを作っている者を評価しないのか?李月は、自分の手で「誰もが認める確かな成果」をこの世界でカタチにしたいと、強く思っていた。
ある日、事務所の冷酷な方針転換が決まったと報告を受ける。
「ネタ見せで、3回連続で最下位だった若手は即クビ!」
上から降りてきた来たそのリストには、李月が以前から注目していた、3組の芸人の名前があった。
1人目はサボンという名のピン芸人。極度のあがり症で、本番になると声が絶望的に裏返り、何を言っているか全く聴き取れない。ただ、彼のノートに書かれたネタの構成は、誰よりも緻密で、群を抜いて面白かった。
2組目、見た目は派手だが、トークのテンポがチグハグで、アドリブも利かない凸凹。しかし、二人は声に特徴があり、その周波数が重なり合うと、不思議と笑ってしまう印象的な二人だ。
3組目はプライドが高すぎて、客に媚びることがない、元エリートの漫才師のギロッポン。ネタの圧が強すぎて、客たちが引いてしまう事もしばしばだが、彼らが見せる、社会への皮肉は核心をついている。李月はそれぞれの芸人の長所もきちんと分析し、理解していた。
彼らは、天才肌の同期や、要領よく先輩に気に入られる後輩たちと自分を比較しては、楽屋の隅で腐りかけていた。
「あいつらは才能があるからいいよな。俺たちなんて、どうせ使い捨ての駒なんだよ」
ギロッポンが皮肉たっぷりに悪態をつく。
その言葉を聞いた瞬間、李月の中の導火線に見事に着火。 彼らの持つ部分的な傑出が、不器用さのせいで社会に認知されず、ゴミのように捨てられる構造が、彼女には、非効率的で不合理に思えて、いてもたってもいられなくなった。李月は彼らの前にさっと立ち、落ち着いたトーンで、極めて冷静に力強く言い放った。
「他者と自分を比較して、勝手に自分の現在地を決めないでください。あなたたちが売れないのは、才能がないからじゃない。社会という舞台で、自分たちの特徴を最大限に表現するための、正しい魅せ方を理解していないだけです」
「じゃあ、どうすれば、俺たちは輝ける?」
サボンが李月に問う。
「私に、あなたたちをプロデュースさせてください!」
🎤
李月は会社に直談判し、彼らを預かる、通称「ルーザー班」を立ち上げた。 ここから、李月の「ロジックによるお笑い構造改革」が始まる。
彼女の指導は、熱血スポ根とは真逆の、徹底したデータ主義だった。
あがり症のピン芸人サボンには、完璧に台本を覚えるということをやめさせた。さらに彼の緻密なプロット力を活かし、凸凹コンビのネタを考えるよう促し、構成作家としての役割を兼任させた。
テンポのズレる凸凹コンビには、あえてその「ズレ」を利用してネタを創っていく。秒単位で計算された不協和音コントとして、そのズレたハーモニーをテンポよく実践するようアドバイスした。
プライドの高い元エリートコンビのギロッポンには、その皮肉たっぷりの冷徹さを、漫才の中で観客への問いかけを利用して、MCのような進行役として機能させ、会場を巻き込みながら、カオス状態をうまく捌くように伝えた。
「お笑いはセンスではありません。客の心理というインフラの上に、適切な台詞とパフォーマンスいう建物を建設する学問です」
李月は、他人の強みと弱みを徹底的にリサーチし、彼らが「どのポジションなら他者に勝てるか」の戦略を、ミリ単位で組み立てて実践していった。
芸人たちは当初、面白くてなんぼのお笑いの世界で、李月のように理詰めでかつ建設的に戦略を立てる、そんなことがまかり通るのかと、半信半疑でいた。だが、彼女が誰よりも「自分たちの可能性」をとことん信じ、泥を被りながら劇場を駆け回っている姿を見て、次第に絶対的な信頼を寄せるようになっていった。
🎤
それから1年後。お笑い界で最も権威のある、芸人の頂点を決定する賞レースの予選会が行われた。「エンヤーコラ・エンターテイメントの落ちこぼれ」だと謳われた彼らは、それぞれの計算されたデータに基づいた立ち回りとチームプレーで、爆発的な笑いを巻き起こした。何より、自分たちが面白いと思うものを、観客を目の前に表現できていること。それ自体を自分たちが一番楽しんで舞台に立っているのが嬉しかった。その姿を誰よりも喜んでいるのは、彼らの可能性を信じて、諦めなかった李月本人だったのは言うまでもない。
彼女が作った完璧な役割のパズルは、その日の賞レースの場で、彼らが持つ唯一無二の武器としてそのピースがハマり、見事に生まれ変わっていた。もう誰にも「ルーザー」とは呼ばせない。
そして、彼らは見事予選会を突破し、決勝戦へと進んだ。夢のゴールデン、生放送だ。その夢の舞台で、彼らはこれまでになく輝きを放った。審査員たちが絶賛し、客席がドッっと笑いの渦に引き込まれ、熱く揺れている。 その光景を、李月はこれまでと変わらず、同じように舞台袖の暗闇からそっと見つめていた。
最後の結果発表の瞬間、 鳴り止まない拍手の中、優勝した凸凹がマイクを握り、涙ながらに叫んだ。
「俺たちをここまで連れてきてくれた、最高のプロデューサーの名前を呼んでもいいですか! 李月さん!もう俺たち、負け組じゃない!勝ったよ!!」
カメラが一斉に舞台袖の李月を捉える。 表舞台は苦手だ。やっぱり自分は舞台裏がいい。たくさんの人間と関わり、他者と比較され、揉まれ続けた場所。でも、確実にこれまで築き上げてきた経験と努力は嘘をつかない。そこは今や、彼女が自らの手で創り上げた、揺るぎない「豊穣の城」となってしっかりと建っていた。
李月は、ほんの少しだけ、誇らしげに口元を緩め、時計を見た。
「オンエア、残り時間はあと2分。早くトロフィーを受け取って、エンディングへ…」
李月は人影に隠れてホッと胸を撫で下ろす。ようやく自分の望む「幸せのカタチ」が残せた。彼女の心は、大きな安心と幸福感で満たされていた。
生放送終了後、芸人たちが李月のところに一番に走ってやって来た。お互いを讃えあい、李月は初めて、嬉し涙を見せた。すると、ピン芸人のサボンが李月に向かってお礼の言葉を述べた。
「あんなに笑ってる李月さん見たの、初めてかもしれない。めっちゃ輝いてましたよ!本当にありがとうございました」
「今度、私みたいな裏方の仕事をしてる人を主役にして、ネタを完成させてね」
「え!それは難しいです。またドモって裏返りそう」
「頑張ってっ!よ✋」
サボンの背中に激励の喝を入れながら、にっこり笑う彼女の姿は、まるで、泥の中から出でて咲き誇る蓮のような、自信に満ちた美しい旋律を奏でる一輪の花そのものだった。
山羊座10ハウスは、「試練の星」サターンの洗礼を受けながらも、やるべきことはきっちりと、納得のいくまで地道に使命をこなす山羊座。この社会という荒波の中で、自分がどう受け入れられ、成功を手に入れるかを常に意識しています。直感で得られたものを、しっかりと積み上げられたデータをもとに、堅実にこなしていく地の星座の代表格です。自ら表に出て、目立とうとはしませんが、現実の世界で生かせるノウハウをたくさん持っていて、いったん話し始めると、その根底にある、たくさんのアイデアやこれまで身に着けたスキルを、ユーモアたっぷりに表現したり、他とは異なる才能を自分らしく表現することができる人。厳しさの中にある、確かな安心感がこの10ハウスを象徴していると言えます。
次なる11番目の部屋では、この地球に存在する生きとし生けるものを、横並びに等しく大切にして、「生かす」ことのできる世界が開示されます。
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