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十二星座物語(エピソード⑨)

次なる9番目の部屋は、幸運の星、ジュピターの援護を受ける、射手座の宇宙空間の部屋。主人公、千弥(せんや)は弓道部のエース。彼の放った矢は百発百中で的を射抜く。ある日突然、目の前に現れた八つの扉の的を射抜くたびに、新しいパラレルが次々と開かれ展開していく。宇宙規模で放たれる希望の矢を、ギリシャ神話の賢者、ケイロンの如く突き進む青年の、アメージングな冒険の物語。

あらすじ⑨

ここではないどこかへ


 千弥せんやは60メートル先の的を見据え、今まさに矢を放とうとしている。静寂の中で、ドクン、また一つ、さらに大きなドクンと、彼の鼓動が確かに聴こえてくる。千弥は神経を研ぎ澄ませ、一点集中し矢を放った。

「中🎯」

「今日も神ってんなぁ!」
「こりゃ、マサイ族も真っ青な視力とコントロールだわ」
同じ弓道部のみんなもため息をつくほど、彼の腕は確かなものだった。

千弥は星乃谷大学の4年生で、弓道部のエース。彼に的を狙わせれば百発百中。人並外れた異次元な的を射る才能には、学生のみならず、教授や指導者側も一目置いていた。

「千弥、ちょっといいか?」
大学院生でコーチでもある善田に呼ばれた。
「お前、今度のインカレで優勝したら、イギリスに行ってみないか?」

イギリスはアーチェリーの起源国でもあり、たくさんのプロが活躍している国。もちろん千弥もそのことを熟知している。

「とてもありがたい話ですけど、うちはなかなか旅費が出せなくて…行くのは難しいかと思います」

向上心がないわけではない。常に上を意識はしているのだが、あまり欲がない。今ある現状に満足しているからなのか、あるいは、執着がなさすぎて、すぐ飽きてしまう性分だからなのか。コーチのご厚意はありがたいけれど、千弥にとっては少し億劫な話だった。

部活帰りの道の途中、千弥が空を見上げると、新月後の細い爪のような月が顔を出していた。片眼を瞑り、焦点を合わせる。黄色く尖った僅かなスペースでも、今の自分なら射抜ける気がして、千弥は咄嗟にエアーで弓を放った。

その瞬間、その細い月が「あ、痛っ」と言ったような気がした。まさか、当たったのか?千弥は半信半疑で、もう一度月にフォーカスする。

その細い月の、緩やかなカーブの先が少しだけ歪んでいる。千弥は目を擦り、もう一度その細い爪の月を見た。すると、その細い月の先端から、ぽろぽろと光の雫が零れ落ちた。千弥はその光の粒を見逃さなかった。

「8つだ!8つ落ちた」
スタートダッシュも軽やかに、千弥は走り出していた。その光の雫が落ちた場所へと。そして、千弥の目の中に、俄かに信じがたい風景が飛び込んできた。

燦然と輝きを放つ扉が8つ。その扉にはそれぞれ「水」「金」「地」「火」「木」「風」「天」「空」という文字が書かれている。

そして何より驚いたのは、それぞれの扉の文字がまとになっているということ。何だかよくわからないが、彼は目の前の光景に、胸が高鳴り、ワクワクする興奮を抑えられなかった。

千弥は慌てて弓と矢を取り出し、前方の扉と対峙する。まずはどの扉を狙おうかと、矢の先は何度か左右に往復したが、「火」の扉に狙いを定め、一気に射抜いた。

シュルシュルルルル…バンの音の後、「火」の扉が静かに開く。

そこには、メラメラと燃え上がる炎のたてがみをなびかせる獅子がこちらをまっすぐに見つめ立っている。千弥も決して怯まなかった。もし襲われたとしても、千弥にはその獅子の瞳を射抜く自信があったからだ。すると、突然、獅子は笑ってこう言った。

「おまえ、わしの眼を射抜こうというのか?大した度胸だ。だが心配ご無用。私の目的はお前を倒すことではない。協力して欲しい」

獅子が喋ったことに内心とても驚いたが、そんなことよりも、獅子の鬣はメラメラと燃えているのに、圧倒的な静寂を感じるほどの、威厳あるその佇まいに千弥はひれ伏した。

「火の使い手、射手座の千弥…お前なら必ず、この8つの扉を射抜き、開くことができると信じている」
獅子はそう言って、次なる「水」の的を射抜くよう、千弥に伝えると、扉と共に静かに消えた。

千弥は獅子に言われた通り、水と書いてある的の真正面から矢を放ち、見事に命中させた。

するとその瞬間、扉が開き、大波が千弥に向かって流れ迫ってきたかと思うと、波は千弥を飲み込み、そのまま扉の中に、彼をまるごと引き摺り込んだ。

それからしばらくの間、気を失っていた千弥が静かに目を開けると、そこは昔、夢で見たような、美しい花が咲き乱れる水の都だった。

「ここはネプレムリアという国。あなたのおかげで、私たちの都を取り戻しました。本当にありがとう」

話しかけたのはこの水の都に住む、魚人のネオという男。魔界の王によって、海に沈められたこの国を救うため、この水の扉を外の世界から開く必要があった。千弥が水の扉の的を射抜いたことによって、この国を危機から救ったのだ。

「千弥、これで終わりじゃないんだ。まだあなたが救える人たちが待っている。次は「風」の的を射抜いて、止んだ風を復活させてほしい」
ネオはそう言って去っていった。

その言葉通り、次に千弥が射抜いたのは「風」の扉。扉の向こうは、まるで時間が止まったかのような、無風状態で、音のない世界だった。

果てしなく続く真っすぐな道の先に一人の女の子が座っていた。千弥が声をかけると、その小さな女の子は千弥に向かって何かを告げている。だが、音が聴こえないため、何を言っているのか聴き取れない。千弥は神経を研ぎ澄まして、女の子の口元に集中した。

「お母さんはどこ?」
そうか、お母さんを探しているのか…千弥はすぐに辺りを見渡し、女の子に母親を一緒に探すことを告げ、彼女の手を引いてまた歩き始めた。すると、遠くのほうで手を振っている人がいた。あの人がこの子の母親なのか?千弥は注意深くその人の姿を観察した。

すると、わずかに風が木の葉を揺らしているのが分かった。これはもしかすると、あの母親の手から風が生まれているのかもしれない。

「あなたにこの子を返します。だからこの世界の風を返して下さい」

すると、手を振っていた女性はにっこりと微笑み、女の子をスッと抱き上げ、そのまま螺旋を描きながら上へと昇っていく。その瞬間、頭上に太陽が輝き、一筋の風が大地を駆け抜けた。空には虹が架かり、恵みの雨が降ってきた。無音だった世界に、雨の音が鳴り響き、今度は風がざわざわさわわと、辺りを浄化した。

「ここはもう大丈夫だな」
千弥は風の世界に別れを告げ、元の場所へ戻った。

今度は「地」と「木」の扉が横並びに二枚並んでいた。千弥が「地」の的を射抜こうと構えた瞬間、木の扉が地の扉の前に移動し、縦に並んだ。これはどういうことか?千弥は戸惑ったが、すぐに気を取り直し、もう一度二枚の扉の前に立った。

「同時に狙えばいいんだな」
千弥は取り出した矢に息を吹きかけた。簡単なおまじないだ。それは二枚の扉を一度に射貫くための呪術のようだった。

シュルシュルシュル…ババン。

見事に矢は二枚の扉を貫いた。そこには大きなクスノキの幹に、小さな地球儀を持った女性が座っていた。

「あなたはなぜそこにいるのですか?」
千弥自ら、その上にいる女性に聞いてみた。すると、その女性は地球儀に結ばれた紐を握り締め、まるで風船につかまるかのように、ふわんふわんと千弥の目の前に降り立った。

「この地球の中に、あなたを探してごらんなさい。そして、自分を見つけたら、これを食べてしまいなさい」

この人はいったい何を言おうとしているのだろう。千弥はこの旅を振り返ってみた。扉の前に立ち、その的を射ることで、これまで経験したことのない世界の中で、信じがたい現実を受け止めながらここまで辿り着いた。その自らの体験こそが、自分の可能性を拡げているのを、確かに感じていた。

そうだ!これもすべて、この旅に課せられたミッションの一部。千弥は満を持して言葉を紡いだ。

「これは、私という人間が一つになる、そうつまり、「統合」という意味なんじゃないでしょうか?そうですよね!大地の女神、ガイアよ」

そう答えると、女性はにっこり笑って、そっと地球儀を彼に手渡し、

「大地に根を張る緑の精霊たちよ。清廉で勇気あるあなたに、この地球ほしを任せましょう」
すると女神は、静かに大地の中に吸収された。もう千弥は何が起こっても驚くことはなかった。

次に、千弥は自ら「空」の扉の前に立ち、的を狙おうと構えた。すると「金」の扉が急に話しかけてきた。

「お願い!この扉は射抜かないで!!」
「なぜですか?」
千弥は静かに尋ねた。
「何かを壊し、何かを突破しなければ、その世界へ行けないなんて、そんなの嘘よ」
「それは…」
どういう意味かと聞こうとして、また千弥は熟慮した。

「空」の扉。惑星の名前ではない。当初、千弥はそれが、頭上に広がる「そら」のことだと思っていた。しかし、ここに来て初めて、「空」はただのそらではないことに、千弥は気が付いたのだ。

「これは空と書いて「くう」と読みますね。今、この空間を掴む。つまり空間と一体となって、扉に溶け込めばいい」
「イッツオールライト!」
「金」の扉が優しく答えた。
これまでの経験によって、千弥は驚くほどの叡智と行動力を手に入れた。これは己を信じる者にしか成し得ない錬金術なのだ。千弥は自分の矢を射ることなく、空の扉は静かにその口を開いた。

「勇気を持って、その空間に飛び込みなさい」
千弥は金の扉の指示通り、その扉の向こうへ思い切りダイブした。頭の中をからにして、その場のくうと一体化するよう心掛けた。落ちている…わけではなかった。浮かんでいるというよりも、その空間に染まっていく感覚。この上なく自由で、満ち足りた宇宙だ。

いつしか金の扉は、千弥と共に流れる星に姿を変えていた。
「どんな気持ち?」
金の星に聞かれた千弥は、
「ゴールドの空氣になれた気がします」
千夜と金星はしばらくの間、その宇宙空間とたわむれた。

残るは「天」の扉。千弥は弓矢をその場に置いて、扉の前に立った。「天」と書かれた的に手をそっと当ててみる。その手に感じる振動は、何かとよく似ていた。人の心臓の音だ。ドクン・ドクンと時折ピリピリとしびれる感覚さえ感じられるほどだ。

「イェシュアよ。どうか教えて欲しい。僕に何ができますか?」

すると、「天」の的の向こうから、丸い円形のボールのようなものが転がり出てきた。拾い上げてみると、それは小さな木星のような色をしていた。

その小さな木星は、この最後の「天」と書かれた扉を、なんと掃除機のように吸い上げ始めた。千弥は絶対に離すものかと、まるで大地に根を張った樹木のように力強く立ち、もう一度強くこの星を握り締め、その偉大な力に負けないよう構えた。

「体が持っていかれる。木星よ。地球を護り給え」

体が宙に浮いた。ここは無重力空間なのか?するとガラガラガラと、摩尼車まにぐるまが回るような音がする。その音に紛れて、圧倒的なマスターの存在が現れた。

「千弥。よくここまで辿り着いた。八つの扉は既にお前の手の中にある。お前はこの世界を救った。これからは人々の平和と幸福のために、その弓と矢を賢く使いなさい」

「イェシュア!待って!教えて欲しい」
優しく微笑むその人に、千弥は問う。
「なぜ、ここに土星と海王星の扉が存在しないのか」
すると、イェシュアは答えた。

「それは、次の部屋の住人の仕事だ。君はそれを彼らに伝えるまでだ」


射手座9番目の部屋は「あなた」というパーソナルな視点から、社会やそれよりも大きな世界へと広がっていく部屋です。常に「ここではないどこかへ」という視点を持ちつつ、次から次へと面白いものに興味を持ち、自分の可能性を拡げていく。また自分とは違っているということを、フランクに受け入れ、その違いを心から楽しみつつ、そこに大切な輝きが『在る』ことを知っている。極めて哲学的な知性と、理想を追い求める情熱。それを探して旅をする。彼らの人生はアドベンチャーそのものです。
また、なぜか年上や年配者からとてもかわいがられる不思議な性質があります。同じ年の人の中でも若く見られるのは、射手座の生まれながらの特権かもしれません。
さて、千弥が最後に手にしなかった「土の扉」を受け持つのが、次に出てくる10番目の部屋のお話です。

射手座解説


#創作大賞2026
#ファンタジー小説部門

#射手座第9ハウス


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