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十二星座物語(エピソード⑦)

12の星、7番目の部屋はパートナーシップと調和の部屋。地球の波動を音で捉える颯珠(そうじゅ)は、海や山の自然の中にある光にフォーカスして風景を撮るカメラマン。ある日、恋人から告げられた言葉をきっかけに、自分の中に住んでいる黒い猫と対峙する。洗練された上質な感覚を信じ、自分探しをする、そんな風の魔術師、颯珠の物語。

あらすじ⑦


決して変わらないもの


 自由で気まぐれな白い猫が、ふさふさした尻尾でリズムを刻みながら、颯珠そうじゅの膝の上に飛び乗り、小さく丸まった。彼とその白いふさふさは、太陽が沈んでいく海の端っこで、水平線の上に折り重なる、白とオレンジの淡いグラデーションが、群青に染まっていくのを、ただ仰ぎ見る。地球にはこんなに儚くて美しい、贅沢な時間があるのだ。みんな知っているように見えて、実はその本質には全く気付いていないだろう。

ここが世界の中心。自分がこの地球という秤の上で、バランスをとっているだなんて…。

僕らが生きている時間は、理想と現実の間で揺れている小さな舟だ。その舟が傾かないよう、中心軸を定め、海原という譜面の上に、オールを漕ぎ出し、帆先に風を集め、音を奏でる。正義の秤の一方に「美しさ」を乗せ、それとピッタリと釣り合う何かを、彼はいつも探していた。

颯珠の好きなマジックアワーが終わりを告げる頃、白猫のジュジュが、首を長くして人の気配を伺っている。たまきだ。その両手にたくさんの貝殻を抱えて、彼女は砂浜から戻って来た。ジュジュは颯珠の膝からひゅるりと降りて、環の足元に擦り寄った。彼女と颯珠はもう5年ほど付き合っている。こうして週末になると、この海にやってくるのが二人のいつもの過ごし方になっていた。

「そろそろ帰ろうよ。お腹がすいた。あそこの家、今晩の夕食、シチューみたい。めっちゃいい薫りにヤラレタわ」

颯珠はゆっくり立ち上がると、ベンチの下にいた翡翠色のカマキリに「またな」と言って一枚シャッターを切った。辺りはずいぶん暗くなり、少し肌寒く感じる。すでに虫の声も心地よく奏でられている。颯珠はジュジュをケージに入れ、環と一緒に車に乗り込んだ。

環は匂いにとても敏感なのだが、颯珠は音に支配されることが多い。海面が静かになった夕凪の時間でも、地球の放つ音は彼の耳に波動で届く。その見えない音にそっと耳を澄ませる。もちろん、心の周波数を合わせないと聴き取れない音だ。シューマン共振するその波動は、普段スマホや電子機器に囲まれている奴らにはきっと届かない。

「なんか話があるって言ってなかった?」

環の不意打ちに、颯珠は星たちが流れていく夕闇の空の中に言葉を探した。普段から颯珠はあまり多くを語らない。環はこの沈黙の中にいても、居心地の良さを感じられる相手だ。お互いにそれを理解しているつもりではいるけれど、似ているようで似ていない、ファジーな感覚の二人。心は通じ合っていても、お互いの生きる世界線は少し違っているように感じていた。

「あのね…」
環は運転する彼の左側を見つめながら呟いた。
「私、日本を離れようと思ってる」
一瞬ちらっと環の顔を見た颯珠は、すぐに前を向き直した。
「…行くのか…?」
「もう決めたんだ」
颯珠が何かを言いかけたが、それは環の言葉に掻き消された。

「そうか」
そう答えるので精一杯だった。彼女の決断を、否定も肯定もしない、柔らかな風として受け止めたいとそう思ったが、内心、頭は真っ白だった。

こんな時、心の中の黒い猫が、波風を立てにやって来る。バランスをわざと崩しにかかる。環は引き止めて欲しかったのかもしれない。でも、「行くな」という言葉は、颯珠の中には存在しなかった。

「やりたいことがあるんだろう?今しかできないことが…」

少なくとも、自分は一番の理解者であると、そう自信を持って言える自分でいたかった。環は才能のある調香師だ。彼女を引き止める理由はどこにもない。颯珠は自ら伝えようとしていた言葉をぐっと飲み込んだ。

それから二人は家に帰りつくまで、それぞれが黙ったまま、お互いの過ごしてきた日々を振り返っていた。

環と付き合い始めた頃、彼女が滝を見に行きたいというので、一緒に出掛けたことがあった。駐車場に車を停めて、そこからは少し山道を歩く。新鮮な空気を思い切り吸い込んで、自分の中のいらないものを、胸に集めて一気に吐き出した。

「これは上質なマイナスイオンだわ!」
滝のある方へと嬉しそうに飛び跳ねていく彼女の背中にフォーカスし、一眼レフのファインダーを覗く。木々の間から入ってくる光が反射して、まるで羽の生えた天使が舞っているように視えた。彼女には、こういう場所の方がきっと合っている。自然と一体となり、こんなにもキラキラして、まるで、本来の輝きを取り戻したフェアリーのようだと感じた。想念や執着に縛られる人間界は、彼女にとっては捉えられた籠の中の鳥と一緒なんだと、その瞬間に颯珠は気付いた。

自由でありのまま、その存在自体が美しい。そんな環のことを、心から愛おしいと思った。あの頃の気持ちは今も何一つ変わってはいない。

帰宅後、夕食を済ませた後、どちらからともなく、ベランダに出て夜風に吹かれた。環が冷蔵庫から缶ビールを二つ持ってきて、その一つを颯珠に手渡した。お互いに軽快な「プシュッ」の音が、辺りに勢いよく響く。

環と共に、こんな夜をどれだけ過ごしてきただろう。二人の間にある冷たい境界線を、春の微風のようにふわりと溶かしてしまいたい。颯珠の想いは秋の夜風に流され、静かな時が過ぎていき、やがて環が口を開いた。

「颯珠はさ、完璧にしようとしすぎなんだよ。人はそんなに強くない。時にはさ、寄り掛かって、愚痴をこぼしてさ…言いたいこと、本音で話してくれてもいいんじゃない?」

環は俯いたまま、フッとため息をついた。
颯珠はその言葉にハッとして、慌てて答えた。

「言葉にするのが下手なんだよね。想いはあっても…。完璧に…っていうより、争いたくないんだ。どうすればいつも波風を立てずに、平常を保てるか考えてる。でも…」
「でも…?」
少しの間ができた。颯珠はゆっくりと続ける。
「環にはやりたいことをやってほしい。これホント」
「私がいなくなっても、寂しくない?」
環は顔を上げると、颯珠の顔を覗き込み言った。
「寂しい…かもね。でも信じてる。君はちゃんと成し遂げる」
環はふふっと笑って颯珠の右側をじっと見つめた。
「うん!わかったよ。ありがとう」
環は颯珠の言葉に嘘がないことを知っていた。飲みかけのビールを全て口の中に流し込み、颯珠の肩に手を置いて、「お先に」という合図を送ると、部屋に入っていった。

ベランダに一人残された颯珠は、星が瞬く夜空に大きく手を拡げた。弓張月が何か言いたそうな目で颯珠の様子を伺っている。するとその暗闇の中、一筋の流れ星が、ビックリするほどの低速で、ゆっくりと東から西へと流れていく。こういう時、100人いたらそのほとんどが、間違いなく願い事をするんだろうな…スリータイム!三回だ。最も叶えたい願い事はなんだ。迷っていると足元に黒い影がやって来た。ジュジュ…ではない。

それは、暗闇の中でも見事なまでに美しく光る、エナメルのような艶のある輝きを放つ。長い尾をくねらせながらベランダの細い手すりの上に飛び乗った。颯珠の思考の中から生まれた、美しい黒猫だった。

猫が暗闇の中へダイブする。颯珠は慌てて猫を捕り押さえようとしたが、その手をすり抜け、次の瞬間、空を飛んでいた。ゆっくり過ぎる流れ星を捕らえた黒猫は、何事もなかったようにベランダにふわりと着地した。

猫の口に咥えられた星は、みるみるうちに輝きを失っていく。やがて冷たい鈍色の星のカタチをした石になった。

「おい!黒猫!何をしてくれているんだ!願い事をしようと思ったのに…」
口からぽとんと星を零した黒猫が、颯珠に向かって言葉を放った。

「こんなものいらないだろう」
「いや、今、三回唱えようとしていたんだ」
「何を怖がっている?」
「怖がってなんかいないさ」
「もう答えは出ているだろう」

黒の猫は自分の中から生まれた影。だが、調和を乱すために現れているのではない。そんなことぐらい、自分でも理解していたはずなのに、いつも肝心な時に何かが足りない。そんな自分自身が一番もどかしい。彼はもう一度猫の顔を覗き込み、その美しい毛並みを愛でて、ピンと張ったヒゲにそっと手を伸ばした。

「は!そうか!」
颯珠が黒猫に向かって、そう伝えた瞬間、飼い猫の白いジュジュが部屋からやってきて、黒猫に向かっておもむろに飛びかかった。
「ジュジュ、奴が見えていたのか?」
しかし、すでに黒猫の姿はなく、飛んできた白い猫は、颯珠の足元で夜空に浮かんだ月を眺めながら、何かを呼ぶように繰り返し何度も鳴いていた。

時が流れ、時代も人も変わっていく。それが世の常。それでも、自分の内側に絶対的に変わらないものがあるとするならば、それはいったいなんだろう。颯珠は今も、それを考えて続けている。

環が旅立つ朝、颯珠は環を成田空港まで送った。いつも二人が海に通ったマイカーに、たくさんの貝殻と白猫のジュジュを乗せて。

「忘れ物ないか?」
「うん…たぶん」
「環…」
「うん?」
颯珠は胸の中から飛び出しそうになる黒猫に「大丈夫だ」と念を送る。

「完璧ってさ、欠点がないってことと、イコールじゃないよね。足りないもの、まだいっぱいあるんだけどさ、その欠けた部分も、全体の一部として調和している。だから僕は今の僕のまま、ここで待ってるよ」

「いいの?本当に帰ってくるまで待っててくれる?」
「ああ。僕にとって、環はかけがえのない大切な人だから」

環は太陽のように笑って出発した。少し泣いていたかもしれない。でも、振り返らず歩いて行くその背中には、あの頃と同じ、木漏れ日の中で輝く、美しい羽がちゃんと生えていたから。

決して変わらないもの。もしもそんなものがこの世界にあるとするなら、それは、颯珠の中にある「誇り」その支柱となる、愛そのものだ。


天秤の左右の秤に乗せるもの。それは、常に真逆なものとは限らない。同種のものを乗せたとしても、彼らが重要視するのは、いかに美しく均衡を保てるようにするかだと感じます。天秤座と向かい合う牡牛座は、同じ金星を守護に持つ星座ですが、彼らが美しいと思うものは、それぞれに少し価値観が違っているようです。

天秤座の外から入って来る何かに対して、より上質な洗練された部分をそこに見出し、人と人の間に良好な風を吹かせることができるという点においては、極めて利他的なバランスのとり方だと感じます。スタイリッシュなイメージですが、実際には深く悩み、思考を重ね、反省もたくさんします。お互いのパーソナルスペースを整えながら、バランスをとっていく。それが天秤座の美学です。
さて、次の第8番目の部屋・・・それは・・・秘密です。

天秤座解説



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