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(旧中山道アート旅) 『垂井宿』をゆく

前回(↓)の続きです。

中山道 垂井宿に行ってきた。

中山道六十九次
「(中山道六十九次)垂井/歌川(安藤)広重」


やってきたぜ! 岐阜県垂井町

雰囲気を例えるなら「東海地方の外れ」「濃尾平野の終わり」「近畿地方の入り口」「関西との境」「もうすぐ滋賀県」・・・そんな感じである。

西側には伊吹山など大きな山々が鎮座する。
きっと、この山々が美濃(岐阜県)と近江(滋賀県)の境なのだろう。

国道、バイパス、JR東海道本線、東海道新幹線、そして中山道
様々な街道が、この町で集約され交わる。
東海地方の終わりの要所である。
(しかし京都方面から見たら「東海地方の始まり」だ。)

さようなら東海地方。
こんにちは近畿地方。


・(垂井町指定史跡)垂井追分道標

かつての道標である。
右に行けば美濃路(美濃街道とも)
左に行けば中山道である。
美濃路とは中山道(垂井)と東海道(熱田神宮)を
結ぶ街道
である。

中山道は木曽路や碓氷峠など大変険しい道がある。
しかし東海道は中山道と比べ険しくはない。
とはいえ、それなりに難所はあるのだ。

基本的には東海道の旅だとしても、美濃路経由で草津~熱田神宮 間を中山道で行き来すれば鈴鹿山脈や(桑名~熱田神宮までの)海上船旅を回避することができる。
だから垂井⇔熱田神宮を結ぶ美濃路は大変栄えた。
東海道新幹線や、JR大垣駅前の市街地は美濃路が基になっているのではないだろうか?



垂井宿の宿場町通り跡地に到着!


・旅籠『亀丸屋

二階には、鉄砲窓が残るらしい。


神輿蔵

神輿の鳳凰は、湖東(東近江)の職人の方が制作されたらしい

滋賀県(近江)は山を越えたらすぐそこなので、そんなこともあるだろう。



・引き続き垂井宿を歩く


南宮大社石鳥居


垂井の泉

県指定天然記念物の大ケヤキの根元から湧き出る清水は、旅人の喉を潤し、地元の人々の生活用水に利用され、文人の詩歌にも歌われなど、垂井の地名の起源になりました。

(岐阜県HPより)
大ケヤキは中山道 垂井宿のシンボルであったらしい
残念ながら平成28年(2015年)に倒木

間違いない!
広重が浮世絵で描いたのは、大ケヤキに違いない。

当該 浮世絵作品


では、広重が描いた際と同じ立ち位置、同じ角度で写真撮影してみよう!
浮世絵と同じように写真撮影してみよう!

【2026/6/16追記
広重は垂井宿の「西の見附け」という場所から西側(関ヶ原宿方面)の風景を浮世絵で描いているようで、↑の考察はまるで見当違いでした

次回の投稿では、関ヶ原宿を紹介します。
(次回も宜しく!)

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