「からくり夢時計」が映し出すシャッター商店街の行方
作品を読み返すことで、新たな視点に気づくことはないだろうか。今回取り上げる『からくり夢時計』も、単なるタイムスリップ物語ではなく、社会の変化を映し出す作品だった――。
今回紹介する作品は、川口雅幸著「からくり夢時計」である。家族の絆や夢と現実に悩む少年がテーマのファンタジー作品だ。2008年出版。(以下あらすじ)
小6の聖時の家は時計店。冬のある日、年の離れた兄と大喧嘩、父にも叱られ店の作業部屋に隠れこむ。そこで聖時は不思議な鍵を発見。古い時計に差し込むと、突如、部屋の時計がすべて反時計回りに回転しだした。やがて聖時の前には一人の同じ年頃の男の子が―どう見てもそれは12年前のお兄ちゃん。さらに幼い頃交通事故で死んだ母親の姿が。どうやらタイムスリップしたらしい。そして、聖時のかけがえのない時間が刻まれてゆく…。
今回の記事では、物語の舞台となっている「商店街」について、タイムスリップ先の世界と、元の世界の比較を行い、実際の日本社会の動きを絡めながら、これからの商店街について考えていきたいと思う。
時代ごとの商店街の比較
現在の商店街(もとの世界)
聖時の家があるのは田舎の小さな商店「港一番町駅前商店街」。
アーケード入口にある大きな飾りつきのからくり時計は、からくり部分が壊れたまま放置されている。作中ではしきりに「閑静」「静かすぎる」と表現されており、この商店街が寂れて活気がない様子が伺える。
・もう全体の1/3のお店がシャッターを下ろしてる
・跡継ぎがいなくて商売をやめようとしている『予備軍』もいる
という描写から、いわゆる(※)シャッター商店街となっていることがわかる。その様子は、12歳の聖時が「元気な顔の人がどんどん減ってきて、本当にピンチなんだろうな」と肌で感じるほどに深刻なのだ。大人たち(父親世代)が集まり、これからどうしていくか話し合っているが、芳しくない様子。
※シャッター商店街…中心市街地の空洞化現象を表すキーワードの1つであり、1980年代後半から顕在化してきた社会問題
12年前の商店街(タイムスリップ先)
聖時がタイムスリップしたのは、もといた世界の12年前の商店街である。そこでは、「クリスマス色に華やいだ通りを行き交う」人々、「商店街の端から端まで鮮やか」というように、季節が変わるたびにセールを行う、活気ある商店街「本来の姿」が描かれている。商店街が単なる買い物の場ではなく、地域の交流の場としても機能していたことが分かる描写も多い。
また、アーケード入口の大きなからくり時計が正常に動いていることは、商店街が正常に機能しているという象徴だと捉えることができる。
なぜ商店街はこうも変わってしまったのか
立ちはだかる大型スーパーという壁
それは、聖時が小学校に入学した年に、隣町との境に大型スーパーがオープンしたからだ。
・駐車場が学校の校庭くらいあって、とにかくその敷地の広さに驚いた
・明るくて華やかで、色んなものがあって
・行くだけで何だか楽しい気分になる
と表現されるように、閑散とした商店街とは真逆の、大きくて華やかで賑わいを感じるスーパーの登場によって、商店街の客足が遠のいたことがはっきりと描かれている。
そんな大型スーパーの出店は、実はタイムスリップ先の世界、12年前から決まっていて
・昨今の規制緩和を受けて、どうやらそれが本格的に決定されたらしい
・大店法も改正の方向で検討されるだろう
という大人たちの会話から、噂ではなく現実味を帯びた話として登場する。
大店法、そして大店立地法へ
この大型スーパーの出現と商店街の関係として、作中で何度か登場する「大店法」という法律から、当時の日本社会の状況と作品の時系列を推察していく。
まず、大店法について。
1974年に施行されたこの法律の目的は、「地元商店vs大型店」という構図の中、大型店の出店規制を行うことで地元商店を保護しようというものであった。
(正式名称は大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律)
しかしながら、この大店法は長く続かなかった。1991年の貿易をめぐる日米構造協議(日米貿易摩擦)をきっかけに、大店法は改正、さらに廃止に追い込まれたのである。
代わりに登場するのが、大店立地法だ。
2000年に施行されたこの法律は、大型店の立地に伴う交通渋滞や騒音などの生活環境に関する規制が行われたものの、大店法時代と異なり、出店自体に審査を受けなくても良くなった。つまり、大幅な規制緩和が行われたのである。それにより、大型店の立地が可能な郊外に、ショッピングセンターの進出が相次いだ。
(正式名称は大規模小売店舗立地法)
時系列
ここで、時系列を整理したい。まず、この本の出版年=タイムスリップ前の現実世界と仮定する。出版年が2008年なので、タイムスリップ先の世界は1996年。その時点で大店法は改正の方向で動いていて、スーパーが建設されるのも時間の問題だと言われていた。改正のきっかけになった日米構造協議や景気悪化の大きな要因となったバブル崩壊はその5年程前の話で、実際に大型スーパーがオープンしたのは聖時が小学生になった年なので、2002年だと考えられる。
1974年 大店法の施行
1991年 大店法改正の動き(バブル崩壊)
1996年 タイムスリップ先の世界(繫盛する商店街)
2000年 大店立地法の施行
2002年 大型スーパーの出店
2008年 タイムスリップ前の現実世界(商店街の衰退)
着目すべきはその立地と交通の便
商店街が衰退し、大型スーパーが成功した理由は法律だけではない。もう一つの大きな要因は、立地だ。ここで改めて、大型スーパーと商店街の位置関係について考えたい。商店街があるのは、「港一番町駅前商店街」という名前の通り、駅前のメインストリートである。対してスーパーは、隣町との境、国道沿いのバイパスの辺りにある。町の中心部ではなく、いわゆる郊外だ。
確かに以前は、駅前にある商店街の方が交通の便が良いため、集客の点で有利だったのだ。しかしながら、高度経済成長期以降、自家用車を所有する家庭が増えたことで、状況は大きく変わる。車社会(※)になり、地価の安い郊外に大型店舗を出店しても、集客できるようになったのだ。
それだけではない。大量仕入れ・大量販売により、商店街などの小売店に比べて価格を抑えて販売できるなどの、大手企業ならではの強みを生かして集客力を高めた。その結果、中心市街地での買い物客が減り、商店街は衰退していったのだ。
※モータリゼーションの発達…自動車が社会と大衆に広く普及し、生活必需品化する現象のこと
最悪のシナリオを打ち壊すために
買い物弱者と地元経済の縮小
このような状況に対して、作中では最悪のシナリオが示される。そのシナリオとは、「客をとられ個々の商店が皆やめてしまった後に、大手が市場に見切りをつけて撤退した場合」だ。「10年後、20年後と増え続ける年寄りたちの生活」を想定し、「家の近くに何も無くなって不便な思いをするのは自分たちなのに、誰もが自らの首を絞めて」いることに気が付かないと嘆く。ここで語られるのは、まさに昨今の日本でも問題になっている「買い物弱者」の存在である。
自動車等の運転が困難である高齢者や障害者などの交通弱者は、その理由から買い物弱者になる。商店街の衰退は地元経済の縮小をもたらすだけでなく、徒歩生活圏における消費生活が困難になる買い物弱者も生み出すこととなるのだ。
この厳しい状況の中、これからの商店街はどうすれば生き残れるのだろうか?
これからの商店街の生き残り戦略
必要なのは「特別な存在価値」
その答えが、作品の最後に描かれている。(以下一部ネタバレを含みます)
聖時が元の世界に戻った後、これからの商店街に明るい兆しが見えるのだ。その中心人物こそが、作中のキーパーソンである聖時の兄、浩一(こういち)である。彼はとても優秀で、一流大学を卒業後、例のスーパーの本店に就職する。聖時に言わせると、「侵略軍の、しかも本拠地に」である。
しかしそれは、店を継ぎ、商店街を復活させるためのノウハウやヒントを掴むためだと明かされる。そして、これからの時代は同じことで順位を争うのではなく、特別な存在価値になることが重要だと語る。『競争』ではなく『共存』だと。
このシーンは、商店街を次世代(親世代ではなく、子世代)が中心となって担っていく未来を示すことで、世代の高齢化や跡継ぎ問題の解決に一歩近づいている。また、情報社会になる世界を見据えなくてはいけないという旨の発言もあり、社会の変化に対応し、新しいテクノロジーも積極的に活用していこうという姿勢が伺える。(本の出版は日本に初めてiPhoneが上陸した年であることを考えると、先進的な考えであると言えるだろう。)
また、作中では
・大手というのは、効率化と利潤の追求が最優先なのだから、根本的に商いの考え方が違う
・地域を守れるのは、最後はそこに根を張った地域の人間
との会話もあり、その違いを理解した上で、地元住民が商店街を復興させなくてはいけない、という筆者の考え方が伺える。
2025年現在。今や、商店街が競争する相手は隣町のスーパーに留まらず、世界になってしまった。GoogleやAmazonが良い例だろう。そんな中で、地元商店街が生き残っていく術として、本書は様々な示唆を与えてくれる。
特に、物語の最終場面での、大型スーパーと『競争』ではなく『共存』するのだという考え方は、現在にも通ずるものがある。グローバル化は止められない。何も手を打たなければ、田舎の地元商店街は廃れていく一方である。だからこそ、これからの商店街は、いかに「買い物以外の存在価値」を示していけるかが勝負なのだ。
サードプレイスとしての商店街
近年、「サードプレイス」という言葉を聞く機会が増えてきた。学校や職場、家庭などとは違う、居心地がよくリラックスできる第三の場(居場所)のことを指す言葉だ。
商店街が主体となって地域住民や地域コミュニティを支援する取り組みを行うことで、商店街は人々にとってのサードプレイスになり得るのではないだろうか。
日本各地で行われている商店街活性化の活動として、地元大学生とコラボイベントの開催、デジタル地域通貨の発行、空き家を活用してコワーキングスペースの設置などが挙げられる。また、その地域特有の街並みや文化を観光客向けにアピールする取り組み(商品開発、街歩きマップ作成etc.)など、その対象は地元住民以外にも広がっている。
いつでもどこでも物が買える世界で、その街、その商店街だからこそできる「なにか」を突き詰めていく。それが、世界を相手に戦わなければいけなくなった、商店街の生き残り戦略なのである。
夢と現実をキーワードに、主人公聖時の成長について考察した文章はこちら。ぜひ読んでみてください。
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