私、ここから飛び降りるんだから!
新卒で介護施設に採用されて、初めての出勤日。
ハタチの小娘は希望と少しばかりの不安を胸に、介護業界に飛び込んだ。
そして初日の午後に、わたしは認知症介護施設ならではのキツい洗礼を受けたのだ。
「おねえちゃん、私、ここから飛び降りるからね」
え、ええ!?
思わず二度見する。
目の前にいるのは、背中の丸いしわくちゃのおばあちゃん。
車いすの上でニコニコと、まるで可愛いいたずらを思いついた子どものように笑っていた。
飛び降りるって?
ここは4階だ。
もし有言実行されたら、シャレにならない。
「え、ええ!?やめましょう!もう少し生きましょうよ!」
わたしの動揺をよそに、おばあちゃんはもう一度、念押しするように言った。
「あのねぇ。飛び降りるからね」
いや、だから、なに言ってるかちょっとわかんないです。
「でもせっかく生きてるんですから、もう少し生きましょうよ」
わたしは実習で得たうっすい知識を総動員して、必死に説得を試みる。
するとおばあちゃんは、嬉しそうに微笑んでさらに爆弾を投下した。
「もうねぇ。いいのよ。私なんていないほうが、ねぇ?」
ねぇ?と聞かれても困るって!
実習では「ご利用者様の言葉は肯定しろ」って教わったけど、これは無理じゃないか!?
脳みそがバグる。
やばい脳汁が出ている気がする。
脇汗ヤバすぎんか?
「えー、えー、でもぉ……」
うろたえるわたしを面白がるように、おばあちゃんは愉快そうだ。
「私ねぇ、もう老い先短いのよ。だからいいの」
……え、老い先短い?
本当に「世を儚んでいる」人が言うセリフか?
全く悲壮感が感じられないんですけど!?
「老い先短いだなんて、そんな……」
否定しかけて、ふとわたしの動きが止まった。
しわくちゃな手足。
まあるい背中。
年季が入ってそうな車いす。
…いや、そんなこと、なくないよね?
けっこういいお歳ですよね!?
お世辞にも若いとは言えない年齢ですよね!?
でも、だからって肯定もできない。
学校でこんなの教わってない。
その時、後ろから
「綾瀬さん、早速やられたわね」
と先輩の声がしてわたしは振り返った。
ニヤリと笑う先輩に、わたしは助けを求めるようにすがりつく。
「あのおばあちゃん、今年で102歳なのよ」
「ハイィィイイイイ!?」
まさかの年齢に、わたしの口からエンタの神様でしか聞かないような大げさな声が出た。
「新人さんが来るとアレやるのよね。反応が面白いみたいで」
先輩は慣れた様子で説明してくれるけど、いやいやいや。
こっちの寿命が縮むわ!
「でも、ほんとに飛び降りようとしたら……」
わたしが恐る恐る聞くと、先輩は涼しい顔でこう言った。
「立ち上がれないから大丈夫よ」
その直後。
3時のおやつを積んだカートが通りかかったのだ。
あんこが詰まった田舎まんじゅうが人数分載っていた。
わたしも食べたい。
さっきまで「飛び降りる」と言っていたおばあちゃんが目の前から消えた。
「そこの1番大きいまんじゅうちょうだい!それじゃないったら!」
片手でまんじゅうを指さしながら、もう片方の手で車いすのわっかを巧みに操り、カートに並走している。
その俊敏さたるや、まるで獲物を狙うハンターだ。
さっきまでの騒ぎは一体何だったんだ……
飛び降りるの、やめたんかな。
「ね、あと100年くらい大丈夫でしょ」
先輩の言葉に、わたしは首がもげそうなくらいうなずいた。
誰だよ、「認知症が弱者」なんて言ったの。
少なくともこのおばあちゃん、わたしよりよっぽど強い。
学校で教わったことの99%が現場では役に立たないと思い知った、最初のできごとだった。
老い先短いってなんやねん……
介護士歴15年。
セミナー動画つきでCanvaでスライドの作り方解説してます。
コストをかけずに見やすくしたいなら読んでほしい!
アイコン違うけど、介護インスタもやってるよ✨
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは賢くなるために使わせていただきます!