見出し画像

「わかっているつもり」から「伝えたい」に変わった転機を見つけたよ

なんでも調べたら「正解」が見つけられる世の中だ。
YouTubeとかTwitterとかAIとか。
思いついたその場ですぐ調べて、わたしたちは知らず知らずに「知った気」になっている。

最先端すぎる時代だ。

体験してもいないことを体験しているかのように語れるようになり、誰が書いたかわからない温度感のない文章に一挙手一投足、振り回されてしまう。

わからないことはスマホやタブレットやパソコンでなんでも調べがち。
でも記憶には定着しづらい。
調べたことに満足感を持ってしまうかららしい。

本末転倒すぎるよね。


知識どころかスキルだって、お金さえ出せばネット上のスクールに通うだけで身につく時代だ。

Twitter(X)で稼いでそうな人がおすすめした本を、24時間受け付けているECサイトでポチるだけで、賢くなった気がする(いや、これはわたしだけか?)

賢しらな知識をひけらかして、マウント合戦。

ほんとは知識やスキルの多さで人の優劣なんか決まらないのに。
「多く知っている」ことが強さの証みたいに感じて焦っていた。

そしてよくわからない講座を買っては収益に結びつかないと焦って、「すぐに稼げる」みたいな商材に飛びついてしまう。

これは、自己投資じゃなくて、他責思考の「逃げ」

今思い出しても恥ずかしいのは、2年前。
夫の経済的な庇護下からぬけたくて、高額の講座に飛びついた。
完全に勢いだった。

「これさえ買えば大丈夫」

なんて本気で信じていたっけ。
めっちゃ他責。
「誰でも」とか「簡単に稼げる」とか、自分の心の弱いところを突かれて買うしかないって自分を追い込んだ。

「買うだけで変わる」未来なんて、ないのにね。

この高額講座の顛末はかなり想定外な方向に進むので、そのうちまとめるとして。

誰でも身につけやすいスキルってさ。
わたしがやりたいことじゃないよね。
まして、わたしじゃなくてもいい。

気づいちゃった。

顔も見えない誰かが言った「稼げるよ」を信じて、朝5時から勉強して、子どもたちが寝静まってから深夜まで勉強した日々。
分厚い専門書を買ってマーカーを引き、「これだけでクライアントワークが成功する」みたいなYouTubeの動画を必死にノートに書き起こしていた。

「好きなこと」でお金を稼ぐなんて有り得ない。
「稼ぎやすいこと」でお金を稼ぐべき。

界隈の風潮ね

この考え方がしんどかった。
もがいてももがいても光が見えない。
本当に好きなことじゃないから、5年後どうなりたいか考えても「金持ちになる」とか「家族で沖縄旅行したい」とか、上っ面な願望しか見えてこなかった。

「本当のわたしは、わたしの好きなことでお金を対価としていただきたいんです」

だってそれじゃダメだから。
みんなと違うから。
お金を稼げないお前に価値なんかないから。

当時の界隈の民の声

なんじゃそりゃああああああああ!!!

モヤモヤしている自分に耐え兼ねて、言語化塾のコミュニティにも参加した。
「どうして?」を自分に5回追いかけろと言われて、内臓をひり出さんばかりに苦しんだ経験は、わたしを確実に強く変えてくれた。
自分に嘘をつかない覚悟と強さを持とうと決めた(たまに逃げるけど)
やりたくなかった、心の中や自分の行動のひとつひとつを整理して言語化していく作業を繰り返すうち、次第に誰よりも嫌いだった自分を好きになりたいと心の一部がとろけていくのを感じた。

言語化塾長、ありがとすぎるスキルをくれてた

とろとろとろとろと言葉が溢れてくる。
自分の言動や行動を裏打ちする言語化が少しずつできるようになった、という手応えを感じた。
言語化マスターにはなれないけど、言語化1年生にくらいはなれたはずだ。

だから、満を持して、おーつーnote部に入ると決めた(ステマじゃないよ)
言語化の基本スキルを携えて、わたしはおーつーさんの目が欲しかった。
曇りなき眼。
どんなことでもおもしろがろうとする剽軽な眼差し。

わたしの言語化スキルじゃ足りない、自分を好きになるスキルをおーつーさんから分けて欲しかった。

メンバーシップとおーつーnote部で、ずっとわたしは使えるようになった言語化のメスの薄い刃を、自分の心の奥に当てている。
大手術だよ、全く!
えぐいところの本音を切り取って戻ってくるまで、手術は終わらない。

「わたし、なんでモヤモする?」

ってよく言ってた。
モヤモヤする理由さえ、自覚症状はない。

「わからないことに気づけないからモヤるのよ」

今日久々にがっつりおーつーさんと話して、自分の本音を言葉にできるようになったんだってことを自覚した。
スキルを身につけたくて焦っていた1年前のわたしには、多分できなかったことだ。

これは有料noteを出すことと、自分の心に値段をつけることがイコールだと思っていたわたしを捨てたときのお話し。

自分の書いたものに値段をつけて公開して、買ってくれる人がいなかったらどうしよう。

買われないってことは、わたしそのものに価値がないってこと!?と出口の見えない迷路に自分を追い込んでいた。

しんどかった。

シンプルに、しんどかった。

でもさ。
わたしの価値って、わたしが知っている。
それを選ぶかどうかは買い手が決める。

それだけのことで、有料noteを買われなくても世界はひっくり返らないし、わたしの真上に隕石は降ってこない。

だから、有料noteは、出していいんだよ。
わたしの心の価値と、数字的な結果は釣り合わない。
売上やフォロワー数やノウハウの重さで人間性も心の豊かさも決まらない。

おーつーnote部できづいたこと

それからわたしは生きるのが楽になった。
自分の心に忠実にnoteを書いても、心が咎めなくなった。

人生は面白がっていいし、数字的な理由がなくても自分の価値観を信じていい。

人生ひゃっほーう!だよ、今。

ということに気づいた。

今のわたしは有料noteを書かない。
書かない方が心が平和だから。
ヒリッヒリするんだもん。
有料noteに価格をつけるときってさ。

でも書き溜めた記事のなかから、有料noteにできるものを探したり、有料noteに仕立て直したりは、きっとできるんだろうなと思っている。

それにしても書かにゃなんにもならねぇ。

サボらず(ほぼ)毎日積み上げていくしかない。
驕らず、楽なショートカットを探さずに。
信じた道を真っ直ぐ、愚直に進んでいくしかない。

自分と向き合った文章を積み上げていくだけ。
サボったら、わたしにもわたしがどんな人なのか伝わる材料が乏しくなる。

物事を俯瞰で見られるようになったと褒められてしまった。
「だから自分の気持ちを大切にしつつ、周りを大切にできるようになって来たのかな?」なんて思い至る。

まだまだなんだよ!?
全然足りないけど、まだ偽善者レベルくらい浅いと思うけど。


わたしとまわりのひとは違うってことを理解できるようになった。

夫も友人も実の子供でさえ、わたしのコントロール下におかれて然るべきひとも誰もいない。
わたしがコントロール下に家族や友人を置きたいと思うのは、ただのマウントだ。
思い通りにさせるべく指示を飛ばして、自尊心と承認欲求を満たしまくっている。

そんなハズありますぅ?

わたしにも夫にも友人にもそれぞれ人格と思惑があって、それぞれが尊重されるべきだ。
当たり前なんだけどさ、気づけないとき、あるよね。

殻、やぶってこ。
殻も皮も服もパンツも全部脱ごう。
さらけ出したら優劣なんかさらにどうでも良くなる。

情けないのはさ。

よそ様に上手くいってるように見せかけて、本音の奥のとこ見せたくなくて取り繕ってるっていう事実。

パンツもシャツもドレスも脱げてない状態かな?

服着込んだまま、「いや、わかってないよ、初心者は」みたいな謎のマウントをとって心を落ち着かせていた時期が、わたしにはあった。

でも。
どうでしょう?
取り繕って、わたしが行きたい方向に、未来は明るく開かれるのかな?

まぁ、無理だよ。

とりま全部脱ぎ捨てろ。


他人の評価より、全裸でさらけ出した自分の心がどう動くのかが楽しみで仕方がない。
おーつーさんも「まだまだわたしにも脱ぐものがありますよ」というのも楽しみで仕方ない。

最前席の砂かぶり席で、わたしたちはおーつーさんのこころの戦いをずっと見守っている。
がっぷり四つに組み合ったモンスターの正体が「恥じらい」や「恐怖」「身内への葛藤」だとしても、おーつーさんは投げ飛ばされたり、猫騙しされたりして、どんなに劣勢になっても真正面から挑み続けて、突進していくだろう。

わたしはハラハラ見ているだけかもしれないし、面白がってモンスターを倒す手伝いをするのかもしれない。

でもほら、全部脱げって言われるからさ。
脱いでこ。
脱げる限り脱いでこ。
脳みそも心もツルッツルに薄皮1枚も残さないくらい脱ぎきって、その奥に隠れている本音や衝動の招待を突き止めて行きたい。

わたしはどんなわたしなのかな?

そのひとつひとつを、拾い集める旅を、おーつーさんと一緒にすすめているのだ。

おもしろくない、シリアスなだけの家庭事情なら、わたし、手もちの札たくさんある。
生きるって尊いことだよ!?みたいな押しつけもできちゃうくらい、わたしの人生のカードは濃い。

環境のせい
まわりの人のせい
買わない人のせい
価値に気づかない人のせい

他責思考はだれかのせいにして
自分を正当化しがち

だから、わたしは主観と俯瞰で自分の人生すら面白がってやる。

世のなか続けて始めて得られる価値もある。
毎日書くなかで、発信の軸が見えることもあるだろうか。

グチは言わない。
救いのない書き方もしない。
学びやノウハウはよそにおまかせする。

自分をかたちづくってくれた人生に敬意を表し、おもしろく書いて成仏させたい。
しんどいしかなかった過去を、どげんかせんといかん。

やろう。
ひととして生まれたからには、自分の心の声を聞ける大人になろう。



自分のこと嫌いで、自分のことが信用ならなくて、でも心がザワつくから外に向かって伝えたいひとは、マジで1回おーつーさんとしゃべって見て欲しい。

おーつーさんのコミュニティにいる人は、卑屈ではなく、自分が世間と違うってポイントを面白がって素敵だと言えるひとたちの集まりなのです。

おーつーnote部ではお金は稼げないかも。
太い人脈をつくるとか、ライティングの極意とかさ。
そんなんないもんね。

でもnoteを飛び越えて、5年後幸せに生きるために必要なことにフォーカスされているから、心の内側の深堀りがえげつない。
えげつないから、掘り続けていける。

おーつーさんは、あきらめないよ。
わたしのことも、あなたのことも。
 


#おーつーnote部0期だよー!
メンバーの書いた記事が詰まってるお宝箱。

ちょっといいnoteだとおもいませんかね?


いいなと思ったら応援しよう!

綾瀬そら@ワーママ介護福祉士 いただいたチップは賢くなるために使わせていただきます!

この記事が参加している募集