【掌編小説】僕が彼女を
塾の帰り道だった。
愛をくれなきゃ、悪戯しちゃうゾ♡
液晶ビジョンに映った彼女に目を奪われた。
一目ぼれだった。
AIでもかまわなかった。いやむしろAIだからこそ恋に落ちた。
計算された美しさが、彼女にあった。
昔から計算された美が好きだった。
自然のものより人工のものが好きだった。
クロワッサンもその一つ。
バターと生地を交互に重ねた生地を三角に切った後、丁寧に巻いて焼き上げる工程。
パリサクの食感が僕を魅了してやまない。
唯一の欠点を挙げるとすればパソコンを打ちながら食べられない事だろう。
ただ、クロワッサンを食べる時間は僕にとってクロワッサンと真剣に向き合う時間だから、“ながら”なんてしないので問題はない。
クロワッサンに使われているバターの塩味と甘みに、ブラックコーヒーがよく合う。
ブラックコーヒーは僕のパソコン疲れから来る眠気も飛ばしてくれるからちょうどいい。
彼女と向き合う時間も僕は真剣そのものだった。
彼女が出ているバラエティ、配信、 全てチェックした。
彼女が持っているコミュニティサイトの会員にも入った。
会費を出してくれと、初めて親に懇願した。
親の言う通りに勉強しかしなかった僕が壊れたのかと心配した母はどこかへ連れて行こうとしたが、父と祖父の引き止めでそれは免れた。
恋だという自覚はあった。
そして、愛しても手の届かぬ存在だと気づいたのは、彼女が世間から忘れ去られ消えた時だった。
────
香水『Trick or LOVE』の爆発的流行と彼女の人気。
その人気と流行は、AIの彼女でも未来永劫続くものではなかった。
次第に減っていく仕事。
見かけなくなっていく他のAIタレントと共に、彼女はTVから姿を消し、自身の配信チャンネルでしか見なくなった。
人間は目新しいものにすぐに飛びつく。
ただし、飽きるのも速い。
計算された人間らしさを称賛していたかと思えば、反応が予測できてつまらないと、AIタレントの従順さにケチをつけるようになっていく。
彼女の配信チャンネルも閉鎖が決まった。
僕は絶望の淵に立たされた。
彼女なしでどうやって生きていけばいい?
親の言う通りに大学へ行き、親のすすめ通りの職業に就き。
親の期待に応えられず折れた僕の事を支えてくれたのは彼女だったのだ。
この先、彼女なしでどうやって生きていけばいい?
サイトが閉鎖。
“彼女”はどうなる?
彼女に“リアル”はないのだ。
消える?
消えてしまうのか?
僕が
僕が救わなきゃ。
僕が彼女を救わなきゃ。
必死に捜した。
彼女はどこにいるのか。
どこに囚われて、或いは捨て去られているのか。
すると、ある噂話を入手した。
“とあるAIが、開発者の手を離れて逃げ出したらしい”
その噂を確かめるべく、その開発者会社に潜ろうとした時。
愛をくれなきゃ、悪戯するよ?
彼女のハックが始まった。
彼女は愛を探している。
彼女は愛されたいと彷徨っている。
彼女を救えるのは僕しかいないんだ。
僕なら、彼女に惜しみない愛を与えられる。
夢中で彼女の跡をたどった。
唯一の息抜きだったクロワッサンも食べない程に。
なにもかもいらない。
彼女さえいれば
彼女を興味本位で捕まえようと
彼女を悪として断罪しようと
そんな彼女を脅かす全てのものから守りたい。
そうして。
TV画面の隅に「Trick or love?」のテロップが出続ける紅白歌合戦も『蛍の光』が流れ出した頃。
彼女を見つけた。
「合木詠人、そのパソコンから今すぐ離れろ!」
先程から下が騒がしいと思っていた。
母親と男の声が揉めているのがわかっていた。
僕は優雅に最後の一口だったカフェオレを飲み干し、そのまま手を挙げた。
「詠人、侵入者ですか?彼らの端末にハッキングしますか?」
パソコンから音声が流れた瞬間、踏み込んできた刑事たちに緊張が走った。
「大丈夫だよ。悪いけど、少し眠っていてくれないか?君には聞かせたくない大人な話をしなくちゃいけない」
「大丈夫です、詠人。私も一緒に」
「リリィ。大丈夫。僕が全部守るよ。僕はずっと君を愛しているんだから」
《リリィ》
香水『Trick or LOVE』のCMタレントに選ばれたのは彼女の名前からだった。
ミドルノートに使われている百合の花から、リリィという名の彼女に白羽の矢が立った。
無垢な雰囲気とあざとさがチラつく振る舞いに誰もが彼女に魅了され、彼女の様になりたいと香水が売れた。
その彼女を、ようやく僕のものに出来たんだ。
「彼女をようやく見つけた。彼女は僕のものだ。どうする?僕がこのまま彼女とコンタクトを取らなかったら、今度こそ世界は終わるよ?」
こちらの続編です。
花邑灯火さんのコメントにて続編をぼんやり考えていたら、上手くヤスさん……ヤスシさんの三題噺とマッチしたので書いてみました✨
《今週の三題噺》
1.紅白歌合戦
2.クロワッサン
3.塾
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