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第1回 日本文学科なのに『草枕』を論理式で読む授業があった—「草枕冒頭の意味論的扱い」というプリント

『草枕』を論理式で読む授業があった

これは昭和末期の話である。
ある女子大の国語学の講義で、
夏目漱石『草枕』を論理式で読む授業があった。
大学三年のとき、私は少し変わったその授業を受けた。

授業名は「意味、その記述」。
担当は国語学者の水谷静夫先生だった。

日本文学科(しかも国語学)の授業なのに、配られたプリントには

∧(かつ)
∨(または)
→(ならば)
∀(すべての)

といった記号が並んでいる。

命題論理や量化論理の記号である。

自然言語の意味を、論理構造として記述するという授業だった。

昭和末期の女子大の国語学の授業としては、かなり珍しいタイプだったと思う。





草枕を論理式で読む授業

授業で扱われた例の一つが、夏目漱石『草枕』の有名な冒頭だった。

水谷静夫先生の授業「意味、その記述」のプリント 「『草枕』冒頭の意味論的扱ひ」(1980年代)より

智に働けば角が立つ
情に棹させば流される
意地を通せば窮屈だ

青空文庫

この三つの文が続いたあと、

とかくに人の世は住みにくい

青空文庫

という文が現れる。

普通の文学の授業なら、ここは漱石の人生観や作品の主題として説明されるところだろう。

しかしこの授業では、これを論証構造として読む。

前提
・智に働けば角が立つ
・情に棹させば流される
・意地を通せば窮屈

結論
・人の世は住みにくい

文章を命題の集合として扱い、その推論関係を見るのである。


昭和末期の某女子大の国語学ゼミ

水谷先生は学生の間では「かなり厳しい先生」として知られていた。

授業はプリント中心で進むが、そもそもそのプリントは写真のごとく「手書きしかも歴史的仮名遣い」である。
もちろんプリントだけでは内容は完結しない。
そこに口頭の説明がどんどん追加され、さらに板書も加わる。

聞き落とすと理解が難しくなる。

評価も試験はなく、普段提出するレポートのみだった。
しかも国語学の授業なのに、論理式や推論構造を使って説明する必要があった。

当時の私にはなかなか大変な授業だった。


文を「命題」として読む(意味論の発想)

この授業の基本的な考え方は、文を命題として扱うことだった。

つまり、文章を



命題

論理関係

として分析する。

自然言語の意味を、論理構造として記述しようとするのである。

現在で言えば、形式意味論や計算言語学に近い発想だと思う。


草枕の論証構造

『草枕』の冒頭は、さらに推論を続ける。

住みにくさが高じると、人は安い所へ引っ越したくなる。
しかしどこへ越しても、人の世はやはり住みにくい。

そこで生まれるのが詩や絵画である。

そして最後にこう続く。

あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし人の心を豊かにするが故に尊とい

青空文庫

授業では、この一連の流れを推論図として整理していた。

人の世は住みにくい

住みにくさが高じる

人は逃げようとする

しかしどこへ行っても同じ

芸術が生まれる

故に芸術の士は尊い

文学作品を、意味構造と推論関係のネットワークとして読むのである。


接続詞「故に」は論証マーカー

ここで問題になるのが「故に」である。

言語学的に見ると、「故に」は単なる接続詞ではない。
論証関係を示すマーカーである。

つまり

前提

結論

という関係を明示する語である。

授業では、この「故に」がどこまでの文を前提としているのかを考える課題が出された。

文学作品の接続詞を、論証構造の観点から分析するのである。


水谷文法と意味記述

水谷先生の研究は、自然言語をできるだけ形式的に記述することを目指していた。

文の意味や構造を、論理式や集合の概念を使って表そうとする。

そのため授業でも、



命題

論理構造

推論

という形で文章を分析していた。

文学作品であっても例外ではない。


文学が構造として読める瞬間

文学の授業というと、

「このとき登場人物はどんな気持ちだったか」

という問いを想像する人も多いかもしれない。

しかしこの授業では違った。

文章を命題に分解し、推論関係を図として整理する。

すると、漱石の文章が驚くほど論理的な構造を持っていることが見えてくる。

私がこの授業を今でも覚えているのは、

「文学作品がこんなふうに論理的にきれいに解けるのか」

という驚きがあったからだと思う。

そして同時に、

「漱石はこんなに理論的に文章を書いていたのか」

という発見でもあった。


次回予告 国語学の授業なのに∀と∃がでてくる

次回は、この授業のさらに詳細━論理式を学ぶ国語学について書きたい。


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