花の60歳と61歳のあいだ― 旅を考える―(2)観光が育むもの
60歳と61歳のあいだに出会った旅の余韻や、
旅にまつわる文章を読みながら考えたことを綴ります。
2026年1月23日の朝日新聞「私の視点」昭和女子大学国際日本学科教授(観光学)田原洋樹**「日中関係 平和の芽は 人々のつながり 育む観光」**という見出しを読んだとき、
私は最初、「観光を育む」という意味合いで捉えそうになりました。
けれど、読み進めるうちに、これはそうではない、
「観光が育む」ものについて書かれた文章なのだと感じました。
私は、この「観光が育む」ということを、これまで何度も体験してきました。
海外を旅したとき、あるいは日本にいながら外国からの観光客と交流したとき。
そんな場面でいつも思うのは、
自分がどうふるまい、どう言葉を交わすかで、日本の印象は変わるということです。
私は、日本人の中の、たった一人にすぎません。
けれど、その一人の態度や言葉によって、
「日本っていいな」「日本人っていい人だな」
そう感じてもらえることは、確かにあるのです。
それは、私自身がフランスなどを旅したときに、
現地の人たちとのささやかなコミュニケーションの中で
受け取ってきた感覚でもあります。
助けてもらったこと、丁寧に教えてもらったこと、
一緒においしいものを食べた時間。
その一つ一つのやり取りを通して、
私は何度も「この国っていいな」と感じてきました。
もちろん、観光名所を訪れ、
その国の歴史や文化に触れることで、
強い印象を持つ人も多いと思います。
けれど私自身は、
そうした物的なものよりも、
人と人が言葉や態度を交わす中で生まれる関係性のほうが、
ずっと心に残り、次の行動への力になると感じています。
(引用)
人が移動することで生まれる「小さな共同性」に注目してきた。旅行者と地域住民が交わす短い会話、店員の丁寧な説明に手を合わせ感謝するしぐさ、道に迷った観光客へ地元の人が気さくに声をかける場面。どれもささやかな出来事だが、実際には相互の印象を大きく左右する。観光は経済活動であると同時に、生活者同士の理解をじわりと積み重ねる社会的な営みでもある。
この文章を読み、私は強く共感しました。
ここに描かれているのは、
まさに**コミュニケーションによって生まれる「小さな共同性」**だと感じたからです。
先日、伊豆半島で、道ですれ違ったカップルとあいさつを交わしました。
ほんの短い会話でしたが、
そこには確かに「小さな共同性」が生まれていました。
カナダ・モントリオールから来たというそのカップルは、
三週間かけて日本を旅している途中でした。
温泉の話や食べ物の話をしながら、
私なりのおすすめを少し伝えました。
モントリオールと聞いて、
「フランス語も話しますか」と尋ねると、
返ってきた答えは「Oui」。
それがうれしくて、
「私も勉強中で、少しだけ話すんです」と伝えると、
フランス語で自然と会話が広がりました。
別れの挨拶も”Merci beaucoup,Bon voyage!"。
私もモントリオールのことを知り、
彼らも日本のことを知る。
ほんの短い時間でしたが、
そのやり取りの中で、
私たちはそれぞれ、
日本とカナダを代表する一人として、
コミュニケーションを通して関わっていたのだと思います。
(引用)
観光は政治の「代わり」を務めるものではない。だが、政治がうまく機能しないときでも、人々の移動は細いながらも確かな関係の糸をつなぎ続ける。
観光客自身は意識していないかもしれないが、平和を支える一端を担っているのだ。
この部分を読みながら、私は思いました。
日中関係がゆらぐから、こうしよう、ではない。
問題が起こってから慌てて関係を築くのではなく、
起こる前から、
人と人が言葉を交わし、理解しようとする姿勢を
日常の中で持ち続けることが大切なのだと。
観光は政治の代わりにはなりません。
けれど、旅の途中で交わされる
短い会話や、ささやかな気遣い、
不完全でも誠実なコミュニケーションの積み重ねが、
国と国の関係を下から支える
**「平和の芽」**を、確かに育てているのだと感じます。
こうした小さな出会いを通して、
私はこれからも、
人と人がどうすれば自然につながれるのか、
コミュニケーションについて考え続けていきたいと思っています。
それは、特別な場ではなく、
日常のふるまいの中でこそ育まれるものであり、
観光という営みが静かに育てているものなのだと思うのです。
「外交文書には書き込めない信頼を観光のまなざしで育てる。」
なんで素晴らしいことなのだろう。
そういえば、少し前になるが、2025年10月26日の朝日新聞フォーラム 「若者のひとり旅」の中にも素敵な一節がありました。
「旅人は『小さな外交官』。世界中に大切な人ができれば、世界はもっと平和に近づく」。
私自身も「小さな外交官」として振る舞っていきたいと改めて思いました。
